日めくりプロ野球 2月

【2月3日】1981年(昭56) 68日目の決着 セカンド・原辰徳

[ 2009年2月1日 06:00 ]

81年4月12日、甲子園での阪神3回戦で好守備を見せた原“二塁手”。1年目二塁での出場は29試合、三塁では101試合を数えた 
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 一、二塁間の難しいゴロをさばいたかと思えば、簡単な正面のゴロをグラブの出し方がまずくトンネルした巨人の背番号8。そんな光景を背中から3人の首脳陣が腕組みをしながら見つめていた。
 時にはうなずき、時には表情をゆがめた3人。突き刺さるような視線に8番の動きもどことなくぎこちなく、それがまたミスにつながった。「大丈夫か?」「キツいんじゃないか?」毎年キャンプを“視察”している目の肥えた、古くからの巨人ファンの表情は曇った。
 巨人・宮崎キャンプの第1クール最終日。大型新人、ドラフト1位入団の原辰徳内野手は藤田元司監督の当初の構想どおり、本職の三塁手としてではなく、二塁にコンバートすることを決定。キャンプ3日目から本格的な守備練習に入った。

 「プロの三塁になりきっている中畑よりも、若い原君を(巨人の内野の中では)弱い二塁に回した方が得策」と、藤田監督が独自の構想を口にしたのが、前年80年のドラフト直後の11月27日。その後、三塁の方がいい、いや二塁だと、球団内部だけでなく、部外者の評論家までもが“参戦”して持論を展開。藤田監督が構想を明かした日から数えて68日目の決着だった。
 三塁は中畑清に、遊撃手は河埜和正に任せ、二塁を原と篠塚利夫(現和典)で競わせる。何度もスタッフミーティングを繰り返した末、藤田監督、王貞治助監督、ヘッドコーチ格の牧野茂守備走塁コーチの“トロイカ体制”の出した結論だった。
 前年、王、助っ人のロイ・ホワイト外野手に次ぐ22本塁打、57打点をマークした中畑の打撃は捨て難かった。長嶋茂雄前監督の解任で人気が落ち込んだ巨人の話題づくりとして、スーパールーキーの原をと中畑のポジション争いは格好のネタになるだろうが、原が争いに敗れた場合はベンチに置くことになる。それはもったいない。即戦力の新人は、試合に使ってこそ伸びる。ならばと、レギュラーが固定していない二塁で使ってみては--、という考えに落ち着いた。
 後年、首位打者となった篠塚も80年に初めて100試合以上に出場したばかり。まだ若手の準レギュラー扱いで、首脳陣の信頼を勝ち得ていなかった。
 決定を聞いた原は冷静だった。「来るべきものが来たという感じ。でも試合に出ることが一番の目標。ポジションは監督に一任している。今まで僕のような大型の二塁手はいなかったので、立派な二塁手になりたい」。ある程度の覚悟ができていたためだろう、立派な“模範解答”だった。
 口では「原?関係ないです」と言い切った篠塚だが、過去中日・高木守道、巨人・土井正三と名二塁手を育てた牧野コーチが原を専属で指導するという“優遇措置”を耳にすると、さすがに表情はこわばった。一方、中畑は晴れ晴れした表情で「原君が二塁に回るってことは、僕を(サードのレギュラーとして)認めてくれたということ」と足取りも軽く、打撃練習に入り、快音を響かせていた。
 4月4日、後楽園での中日との開幕戦。中畑は「3番・三塁」、原は「6番・二塁」でスタメン出場。篠塚はベンチスタートとなり、代打や守備固めのチャンスすらなかった。キャンプで特訓を受けた、大物ルーキーはなんとか二塁をこなせるようになり、セカンド・原は開幕から1カ月もすると、違和感なしで見られるようになった。守備でメドが立てば、バットも快調。開幕当初から打率3割台をキープした。
 しかし、たった1日を境に原も、中畑も、篠塚もその運命が大きく変わった。5月4日、巨人-阪神6回戦の4回、中畑が二塁へスライディングした際に左肩を痛めて負傷退場。5回、阪神の攻撃が始まる前、ウグイス嬢のアナウンスに5万人の観衆が歓声を上げた。「3番中畑に代わりまして、篠塚が入りセカンド。セカンドの原がサードに回ります」。
 既に三塁手用のグラブは処分していた原。急きょ森谷昭内野手のグラブを借り、ホットコーナーに入ったが、その表情はうれしいやら不安やらで複雑。だが考えている暇もなく、打球が飛んできた。阪神・オルト右翼手の当たり損ねのボテボテのゴロが原の前に転がった。猛ダッシュしてジャンピングスロー。間一髪間に合った。一塁側からライトスタンドは割れんばかりの大拍手、三塁側のタイガースファンも「やるじゃねぇか」と“若大将”原のプレーを認めた。
 中畑の負傷から生まれた、サード・原、セカンド・篠塚の布陣がその後も固定。復帰した中畑は大洋から移籍の名球会スラッガー、松原誠に代わり一塁へ入った。
 奇しくも原が三塁手として初めて先発出場した5月5日の中日3回戦(ナゴヤ)に2-0で勝った巨人は首位に立ち、以後1度も陥落することなく突っ走り、4年ぶりのリーグ優勝。“後楽園決戦”となった日本シリーズで日本ハムを倒し、8年ぶりの日本一へとつながった。

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