日めくりプロ野球 2月

【2月27日】2005年(平17) 度胸満点!西武の新人右腕、初登板で城島にぶつける

[ 2008年2月16日 06:00 ]

06年4月23日、楽天5回戦で涌井(左)と銀仁朗(中央)の10代バッテリーは完封勝利。若きレオのエースは08年、初の20勝を狙う
Photo By スポニチ

 すべてにおいて先輩のそれを上回った。横浜高から西武のドラフト1巡目で入団した、涌井秀章投手はオープン戦の対ソフトバンク(熊本・藤崎台球場)に初登板。8回からの2イニングを1安打無失点に抑え、非公式戦ながら初セーブを挙げた。
 35球中でMAXは荒金久雄中堅手へのストレートで150キロちょうど。高校の6年先輩、松坂大輔投手(現レッドソックス)は、初のオープン戦ではMAX148キロ。阪神・大豊泰昭一塁手に右翼へ一発を浴び1点を奪われた。尊敬する偉大な大投手よりも涌井は数字の上で勝った。
 自己MAXは高校時代の148キロだっただけに「本当ですか?自己最速ですよ。嬉しいっす。8回は力んじゃって、全然覚えてませんが…」と涌井。一死一、三塁のピンチも本間満一塁手、鳥越祐介二塁手とこの世界で10年以上のキャリアのあるベテランを手玉に取り連続三振に仕留めた。
 強心臓ぶりを発揮したのは、城島健司捕手との勝負。アテネ五輪日本代表の正妻に対し、カウント1-1からインコースへの厳しい直球を臆せず投げ込んだ。2月のオープン戦、通常それほど厳しいコースに投げないのが“常識”。それでも敢えてこの新人投手は日本の顔ともいえる選手に真剣勝負を挑んだ。結果は左ヒジのレガースに当たる死球。ちらりと涌井を見た城島は何事もなかったように一塁へ歩いた。当てたことでビビる様子のない背番号16を見て言った。「さすが1位だね。いい度胸している」。
 地元・熊本での勝利に上機嫌の西武・伊東勤監督も饒舌だった。「初登板にしては上出来。新人は走者を溜めて、ガツンか四球連発で自滅するのがオチなんだけど、ちゃんと試合を作る。フィルディングもいいし、課題もクリアしてたしね」。
 伊東監督が指摘した課題とは、走者を置いたときのクイックモーション。この10日前、荒木大輔投手コーチに「遅い」と指摘されていた。通常、プロの投手ならばモーションに入ってから、球を投げるまで「1・2秒が目安」(荒木コーチ)だが、涌井は2秒かかっていた。伊東監督は「見るからに遅い。100%走られる」と困惑。早期克服を言い渡されたが、初登板では1・1秒から遅くても1・3秒にまでレベルアップ。「プロとしての素養が十分ある。早くから勝ち星を積み重ねることができる投手」と、捕手として22年間、2327試合にわたってライオンズのホームを守ってきた伊東監督は将来性抜群の太鼓判を押した。
 その言葉通り、涌井は3年目の07年に17勝10敗で最多勝を獲得。速球が一つの武器ではあるが、1試合の平均奪三振は5・96個とパ・リーグの規定投球回数に達した投手の中では、下から3番目の14位と少ない。それに対して打たせた併殺打は20本とリーグ最多。力に頼らない投球は、07年12月の北京五輪アジア予選でも安定した投球をみせた。
 かつては常勝軍団と言われた西武も07年に連続Aクラスが25年で途切れた。08年、涌井は自己新でもあり、松坂も達成できなかった「20勝」を目標に掲げた。「今年は直球で押す投球と打たせて取る投球をミックスして、少し三振にこだわる投球をしたい」という軟投派から再度本格派の転向で大きな目標に挑む涌井が、西武の浮沈のカギを握っている。

続きを表示

バックナンバー

もっと見る