日めくりプロ野球 2月

【2月17日】1993年(平5) 甲子園の“怪物対決”実現 松井VS江川

[ 2008年2月6日 06:00 ]

93年3月、西武とのオープン戦でヒットを打った松井(左)はこちらも元甲子園の“怪物”清原に「ナイスバッティング」と言葉をかけられ笑顔
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 巨人の宮崎キャンプ。紅白戦が終わり、1万7000人のファンが家路につこうとした時だった。「ただ今から長嶋一茂選手、松井秀喜選手の特打を行います。打撃投手は江川卓さんと角盈男さんが務めます」。
 歓声とともに誰もがきびすを返し、スタンドに舞い戻った。ルーキー松井と伝説の投手江川との甲子園新旧“怪物”対決。6回まで行われた紅白戦以上の声援が、松井にも江川にも飛んだ。キャンプ取材に訪れていた江川、角の両OBを“バッピ”(バッティングピッチャー)に指名したのは、平日にもかかわらず紅白戦に足を運んでくれたファンに対する長嶋茂雄監督の大サービスだった。
 江川卓の名前はもちろん知っていた松井だが“凄かった”江川は正直言って知らない。江川が入団した79年、松井はまだ5歳。「剛速球というイメージですかね。でも、僕は最後の方の江川さんしか知りませんから…」と戸惑い気味だった。紅白戦そっちのけで、室内ブルペンで肩をつくり、木田優夫投手の29センチサイズのスパイクまで借りて登板した江川は気合十分。引退後は草野球程度でしか投げていなかったが、130キロ台の直球をビュンビュン内へ外へと投げ分けた。
 江川は100球を投げた。センターからバックネットへ強い逆風の条件下で、松井のサク越えは5本を数えた。101球目、江川の渾身のストレートに松井のバットは一閃。6本目のアーチは右翼の防風ネット最上部に当たった。現役時代“100球肩”といわれた江川はここで“予定通り”降板した。
 肩で息をしながら江川は新怪物を評してこう言った。「松井君の打球は“シュン!”という感じで飛んでいくね。鋭いよ。内角の厳しいところも振り切れるし、凄いね」。6発の本塁打を浴び、元怪物も舌を巻いた。
 高校時代、甲子園で怪物伝説を作った2人は、ともに8月16日つながりだ。73年8月16日、第55回大会2回戦で栃木・作新学院高は千葉・銚子商高にサヨナラ負け。雨の中、痛恨のサヨナラ押し出し四球を出したのがエースの江川だった。
 それから19年。92年8月16日、第74回大会2回戦で石川・星稜高の4番・松井は、高知・明徳義塾高による5連続敬遠四球で歩かされた。主砲のバットが一度も火を吹くことなく、星稜は1点差で敗退。松井は甲子園を去った。数々の伝説を携え、プロの世界に入った2人だが、夏の甲子園ではともに同じような悲劇を味わっていた。
 江川との勝負の前に行われた、プロ入り初の実戦となる紅白戦で松井は白組の「7番・左翼」で登場。2回、一死二塁のチャンスで広田浩章投手と対戦した。
 「そんなに悪い球じゃなかった」という広田のカーブをセンターに運んだ。打球はグングン伸び、熊野輝光中堅手の頭上を越えた。楽々三塁に到達し、打点1。これが白組の4点目となり、初試合で見事“勝利打点”を挙げた。
 シート打撃ではプロの速球についていけず「やはりまだ高校生」と評価が下がったゴジラだが、「多分紅白戦の方が集中できる」の言葉通り結果を出した。江川からの6発といい、紅白戦での三塁打といい、この日は完全に松井デーだった。

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