日めくりプロ野球 12月

【12月25日】2000年(平12)  松井秀喜、8年60億円より1年5億円を選ぶ

[ 2010年12月1日 06:00 ]

 98年オフのイチロー外野手(オリックス、01年マリナーズに移籍)、佐々木主浩投手(横浜、00年同)に続いて、巨人・松井秀喜外野手が年俸5億円に到達した。札束を積み重ねた時の高さは約5メートル、重さは約50キロ、サラリーマンの平均年収467万円(99年国税庁調べ)の107年分に相当する額だった。00年は42本塁打。ホームラン1本の単価は1190万円の計算になった。

 プロ野球史上3人目の大台到達に、バズーカー型のクラッカーで景気よく自らを祝ったが、「ピンとこない。年俸が一番高いから野球が一番うまいってわけでもないし…」と、報道陣にバフォーマンスのサービスをした後は淡々と答えた松井。1億5000万円の昇給分で石川県根上町(現能美市)の実家にある「松井秀喜野球の館」(現、松井秀喜ベースボールミュージアム)の増改築に充てることを検討するとした。

 巨人としては残念な契約更改となった。02年にFA権を取得する松井に球団は8年総額60億円の大型複数年契約を提示。事実上の終身雇用の提案だったが「ありがたいお話だったが、1年1年が勝負という気持ちで勝負したい」(松井)と、巨人の引き留め工作を受け入れなかった。

 松井の視線の先にはメジャーリーグがあった。「現時点ではメジャーとか全然考えていないけど、(単年契約にしたのは)そういう気持ちがあったのかしれない」と、報道陣の執拗な質問攻めに最後は本音も聞かれた。すでに5億円を獲得したイチローも佐々木も大リーグへ。3人目の高給取りが海の向こうへ行くのは時間の問題だった。

 93年入団の松井は年俸840万円からスタート。1年目は11本塁打、打率2割2分3厘の成績だったが、翌年早くも2100万円にアップ。4年目のシーズンを終えた96年オフに倍増の1億6000万円となり、1億円プレーヤーの仲間入りをした。

 当時の球界最高の年俸は清原和博内野手(巨人)の3億6000万円。まだ倍以上の開きがあったが、99年オフにその清原を抜き3億3000万円に到達し、巨人でトップに。5億円に達したこの年、清原は3億円でわずか4年で2億円の差を逆につけた。

 ただ、上には上がいるもので、松井が目指すメジャーで年俸5億円は138位(当時)。最高は松井がヤンキースに入団した後に同僚となる、当時レンジャーズにいたアレックス・ロドリゲス内野手で日本円にすると28億4800万円だった。

 翌01年も単年契約を結び、02年に50本塁打、107打点で3度目の二冠王、そして新任の原辰徳監督を日本一にすると日本を代表するゴジラは、世界の檜舞台へと旅立った。松井がプロ野球を離れてから2011年は10年目となる。(07年12月25日掲載分再録、一部改変)

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