日めくりプロ野球 12月

【12月19日】1979年(昭54) 阪神・小林繁、オフはステージで“ショー利”投手?

[ 2010年12月1日 06:00 ]

 巨人・江川卓投手との理不尽なトレードで阪神に移籍した小林繁投手。闘志むき出しの投球で対ジャイアンツ8勝無敗を含む22勝(8敗)で2度目の沢村賞を受賞した、79年 オフ。小林はかねてから評判だったノドを披露することになった。

 11月にデビューシングルレコード「亜紀子」を発売。作曲は「長崎は今日も雨だった」などのヒット曲で知られる「内山田洋とクールファイブ」のリーダー、内山田洋。サビの部分で「亜紀子、亜紀子」と連呼するソフトな歌声は、たちまちヒットにつながり発売1カ月で「10万枚は売れている」(キャニオンレコード宣伝担当者)とのことで、レコード売り上げを集計する「オリコン」では最高41位にランクされるという、プロ野球選手の出したレコードとしては大ヒットとなった。

 この日は東京・銀座の山野楽器のホールで最初で最後の「ヒット記念サイン会」。ホールには定員80人のところ、約300人が殺到した。

 マウンドでは堂々としている小林もこれには驚き「こんな大勢の中で歌ったことないし、恥ずかしいよ。歌詞、忘れちゃいそうだなあ」とステージに立つ前から不安げ。その不安は“的中”!?「アガったよ。汗びっしょり。歌詞も2度も間違えた。やっぱり昼間は調子が出ないね。夜じゃないと、ウォーミングアップ不足」と、頭をかいたが、甘い歌声に女性ファンは酔いしれ、その場に用意した約220枚のレコードは完売した。

 翌80年には阿久悠作詞の「昨日の女」や「まわり道」などをリリース。「亜紀子」ほどのヒット曲とはならなかったが、80年代前半のプロ野球選手のレコードリリースの先駆け的存在になったことは間違いなさそうだ。

 「本業は野球。テレビでは歌わないよ」という小林だったが、テレビCMでも超売れっ子。79年末現在でスーツにトマトジュース、運動具など計9社と契約し出演。野球がない冬場でも毎日テレビには小林の姿が映っていた。

 副業での収入も5000万円以上といわれたが、野球での年俸もこの年、飛躍的に上昇した。17日の契約更改で小林は79%アップの3200万円(推定)の提示を5分でサイン。タイガース史上、田淵幸一捕手(79年時は西武)以来2人目の3000万円プレーヤーとなった。これで鈴木啓示投手(近鉄)の4000万円に次いで、球界投手部門2位の高給取りに。「今年はトレードという発奮材料があって頑張ったが、来年は3000万円という刺激でやらなきゃと思う」と小林。巨人入団時130万円だった年俸が、プロ7年目にして約25倍になった喜びをかみしめた瞬間だった。

 一方の江川。1年目は9勝10敗ながらも月額にして10万円昇給の840万円で12月5日に更改。前年720万円から18%アップとなった。

 23日に挙式を控えていた江川。新居の家賃が18万円で「給料は全部(妻に)渡し、小遣いはその都度もらいます」とのこと。江川が3000万円の大台に乗ったのは82年。以後3年間、巨人でNO.1の高給取りとなった。 (07年12月19日掲載分再録、一部改変)

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