日めくりプロ野球 12月

【12月16日】1982年(昭57) 落合博満、不文律破った!一気に237・5%増で判子ポン!

[ 2009年12月1日 06:00 ]

 誰もがその満面の笑みに、逆に身を引いてしまった。「驚いた?みなさんの仕事取り上げちゃったかな。クックック…」。約30分で契約更改を終えた、ロッテ・落合博満内野手は番記者の顔に書いてある“予想外”という表情を楽しむかのように上機嫌だった。
 「(三冠王の)タイトル料は別で年俸5400万円です。タイトル料?3つ合わせて600万円。まっ、ざっと6000万円です」。落合本人がはっきりと給料を口にしたのにもびっくりしたが、それよりもここ10年以上破られなかったロッテの不文律が破られたことに、報道陣は色めき立った。

 オリオンズでは“ミスター・ロッテ”と呼ばれた、有藤通世内野手の年俸がチーム一で、これを超えないというのが球団内の暗黙の了解だった。有藤は入団以来、成績が芳しくなくても微増となり、年俸は右肩上がりだった。エースとして活躍した村田兆治投手でさえ、数字を残した時でも有藤以下に抑えられた。
 村田はこの年、増えない年俸と増えない観客動員に見切りをつけ、両方ともロッテよりは望めるセ・リーグの人気球団への移籍を志願。フロントともめている真っ最中だった。
 有藤が更改前だったとはいえ、三冠王の落合に対し、16本塁打47打点、打率3割1厘では昨年の3860万円から1500万円以上アップするとは考えられなかった。事実上ロッテ一の高給取りになった落合は言った。「これもマスコミのみなさんのおかげですよ。連日5000万円以下ではサインしないと、オレが言っていると報道してもらったからね」。
 タイトル料を別にした年俸だけでいえば、前年の1600万円から一気に237・5%増。この時点で阪神・掛布雅之内野手と並んで球界3位になった。360万円で始まったプロ野球生活。4年目で手にした三冠王で一気にスタープレーヤーの仲間入りを果たした。
 ただ、球団も当初は有藤と同額かやや低いぐらいの線を落合に提示してきた。交渉のテーブルにつくなり、示された額は4500万円。「もう一度よく考えてくださいよ」と落合。そう言ったきり、沈黙を続けた。ロッテのフロント陣が一度席を外した。
 5分後。提示されたのが、さらに900万円アップの額だった。村田のトレード騒動、2年連続前期優勝の山内一弘監督から山本一義新監督に代わってBクラスの5位、コーチ陣のテコ入れ失敗…とロッテにとって明るい話題がないオフに、さらに落合が保留したとあっては…という計算も働いた中での大幅アップだった。
 「オレも28歳。せいぜいバリバリやれてあと4、5年がいいところ。もらえる時にもらっておかないと…。成績が悪かったら半分カットでも構わない。その代わり4割打ったら1億円もらいますよ」。そういい残して球団事務所を後にした。
 落合が大台の1億円に届いたのは87年。打率4割には引退まで届かなかったが、大台の額はロッテでは出してもらえず、中日への移籍によって到達した。

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