日めくりプロ野球 12月

【12月10日】1974年(昭49) ノムさん“4禁”発令!江本孟紀“切られる”

[ 2009年12月1日 06:00 ]

練習後、ヘアスタイルの乱れを気にする阪神時代の江本
Photo By スポニチ

 前年の73年に7年ぶりリーグ優勝を果たした南海(現ソフトバンク)だが、74年は3位。V奪回に燃える野村克也捕手兼任監督は、チーム内規律を引き締めることから再起を図った。

 この日、スタッフ会議が大阪府内のホテルで行われ、野村監督は選手に対し“4禁”を発令した。ホークスでは22歳以下の選手に対し以前から「酒、タバコ、マージャン」の3つはご法度にしてきたが、さらに選手の「長髪・パーマの禁止」を加えた。「野球以外の色気は一切取り去るんや。髪の毛は後ろ髪のはえ際1センチまで切ること」と監督は厳命した。その後、ヤクルト、阪神、楽天の監督も務めたノムさんだが、茶髪とならんで長髪はお嫌いなようでしばしば同種の禁止令が話題に上った。
 この長髪・パーマ禁止令、元はと言えば、ある1人の選手のために作られたようなものだった。東映(現日本ハム)から移籍3年目の右腕、江本孟紀投手はパーマをあてたえり足の長い髪が特徴の27歳。甘いマスクにおしゃれなファッションセンス、歌を歌えばレコードまで出す、玄人はだしののど自慢。「入る世界を間違えたんや、アイツは」。野村監督はいつも女性ファンにキャーキャー言われ、にやけている江本を見るたびに渋い表情をした。
 東映のブルペンで投げている江本の姿に才能を見出し、トレードを申し込んだのはノムさんだった。移籍1年目に初勝利からあれよあれよという間に、16勝をマーク。南海のエース格に大変身したが、以後73年は12勝14敗、74年は13勝12敗と勝ち星と同じくらい負ける江本に指揮官は不満だった。「あのチャラチャラしたところを直せば、黒星は半分になる」と、禁止令の4番目は江本専用のような規定だった。
 ところが、ああそうですかと素直にいかないのが江本である。野村監督の指令に「野球ちゅうもんは頭の毛が長い短いで上手い下手が決まるもんやない。野球以外の部分も僕の一部やし、それを生かしていきたい。そんな髪を切れって言われても…」。才能を引き出してくれた恩人ではあったが、それとこれとは別。江本は簡単にこだわりのある自分のヘアスタイルを変えようとはしなかった。
 契約更改、年末年始…江本はロングパーマのスタイルを変えなかった。「(正月番組のため)テレビで歌うのに短くなんかできるかい!」と、再三の“プレッシャー”も突っぱねた。
 が、合同自主トレが始まる1月中旬。ついに球団命令に従い、行きつけの大阪・千日前の理容店でマスコミを呼んで“断髪式”を行った。オフに発売したレコード「アカシヤの面影」をBGMに流す演出で、最後まで自分らしさを強調してノムさんに抵抗した。
 スッキリと短く刈り上げた頭を鏡で見ながら「頭から風邪ひきそうや」とふてくされた江本。この断髪式の様子が伝えられると、南海の球団事務所に女性ファンから抗議の電話が殺到。「野村なんか応援しない!」「もう南海ファンはやめる!」と球団職員もタジタジの“口撃”がしばらく続いた。
 断髪令で調子が出なかったのか、江本は75年のシーズン、何とか2ケタの11勝をマークしたものの、黒星は14敗。南海はV奪回どころか5位に沈んだ。
 江本が江夏豊投手とのトレードで阪神へ移籍したのが、76年。エース同士の交換だったが、両投手とも監督に疎まれてのいわば、厄介払いだった側面があるトレードだったことは否めない。

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