日めくりプロ野球 12月

【12月9日】1996年(平8) 43回目の誕生日に決断 落合博満、大逆転で4球団目

[ 2009年12月1日 06:00 ]

日本ハム入りした落合。バッティング技術は申し分なかったが、力の衰えは著しく、優勝に貢献することは出来なかった
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 まさか、まさかの大逆転劇だった。巨人を退団した落合博満内野手は、ラブコールを送ってきたヤクルトと日本ハムと相次いで面会。日本ハムへの入団を決断した。
 午後2時45分、東京・六本木の日本ハム球団事務所を訪れ、上田利治監督、持田三郎球団社長と会談した落合は、とぼけた表情で「まだ聞いていませんか?それは失礼しまた。向こうにはお断りしました」。てっきり断られるか、条件の見直しなどを迫られるものと考えていた上田監督らが、あいさつから5分くらいしても世間話ばかりして、ソワソワ落ち着かないのを見て落合はようやく"本題"を口にした。

 不安げだった上田監督が心からの笑顔を見せ「選手の生きた教材になってほしい。頼みます」と声を上ずらせた。持田社長は両手を差し出してガッチリ握手。直後に球団の女性職員を走らせ、43本の真っ赤なパラの花を用意した。落合の43歳の誕生日を祝してと同時にファイターズの一員となった喜びを球団が示したものだった。
 この感激の40分前、落合は別の場所でヤクルト・野村克也監督と会っていた。西武・清原和博内野手を巨人が獲得することで"追われる形"で退団した落合は、本来は"犬猿の仲"でありながら、同じく打倒巨人の志を持つ野村監督のもとで現役の最終章を飾る気持ちが強かった。日本ハムより「ヤクルト優位」の報道が連日伝えられ、流れもできあがりつつあった。それがなぜひっくり返ったのか?落合は野村監督にこう説明した。
 「最初は80%から90%はヤクルトに決めていた。でも、日本ハムと折衝して心が動いた。ヤクルトは僕がいなくても優勝できる戦力だが、日本ハムは優勝の味も知らないし、飢えている。私の野球人生もそう長くはない。優勝の喜びを選手に教えたいし、味わってもらいたい。少しでも役に立てればと思って日本ハムに行きます」。
 野村監督は落合の言葉を額面通りに受け取らなかった。「落合君は頭のいい人なのでどうしても計算になる。ハートでとらえてくれないか」と迫った。野村監督の言う"計算"とは、金銭面のこと。ヤクルトの提示額は2年契約で年俸2億5000万円、日本ハムは同3億円。これに将来の監督、"オレ流"の調整法全面容認、CM出演などの許可とオプション付き。中日時代に購入した高級マンション、和歌山県に建設した落合記念館の建設費など、何かと金銭的に忙しいという背景があるのではないかと野村監督はみていた。
 「頭もハートも使った結論です」と落合。入団会見で落合は「金のことは特に考えなかった。パ・リーグで優勝していないので、優勝から遠ざかっているチームで優勝したいと思った」と金銭のことは眼中になかったことを強調した。
 用意された会見場に"恋人にフラれた"ノムさんだけが現れた。「落合も大人の選択をしたな。そういう中(金銭的な部分)で決めたのでしょう。これで巨人が喜ぶな」と思わずボヤいた。
 野村監督が誕生日プレゼントに用意したベルサーチのネクタイ。ノムさんが前日、都内の専門店に足を運び、ポケットマネーで購入したものだった。餞別となってしまったネクタイ。落合はその後着用する機会があったのだろうか。

 

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