日めくりプロ野球 12月

【12月13日】1994年(平6) 球界初!ドラ1ルーキー・サブロー“つかみ”はOK

[ 2008年12月1日 06:00 ]

本塁打を放ち、スタンドの声援に応えるサブロー。「つなぎの4番」として一躍全国区になったサブロー。背番号は36から2を経て現在は3になった
Photo By スポニチ

 コチコチに緊張するはずの入団発表の席。特にひとりひとりが抱負を述べる場面にとなればなおさらだ。ところが、94年のロッテ1位指名選手、大阪・PL学園高の大村三郎外野手=サブローは、新人選手の入団発表史上初めてとなるあいさつをする決心をしていた。ロッテは外国人指揮官ボビー・バレンタイン監督の就任が決定。英語でのコミュニケーションが多くなると踏んだサブローは、新監督にアピールする最大のチャンスと位置づけ英語での“所信表明”をした。

 「My name is Saburo Ohmura.Please call me Saburo.(略)I will do my best to be able to play in the Japanese Major League as soon as possible.(1日も早く1軍でプレーできるよう全力を尽くすつもりです)」
 カンニングペーパーも用意せず、一気に話した。「学校の英語の成績は5段階で3」というサブローだが、高校の担任は英語の先生。約2週間、先生とともにスピーチの内容を考え、夜になると風呂でも布団の中でも暗唱してきた。その成果が十分に発揮され、会場は大きな拍手に包まれた。
 残念だったのは一番聞いて欲しかった、バレンタイン監督が同席していなかったこと。監督が来ていないことを知り、少しがっかりしていたサブローだが、代わりにスピーチを聞いた広岡達朗GMは感心した様子。「何でも挑戦することはいいこと。しかし、緊張するあいさつの場面で大したもんだ。野球でも勝負強い選手になりますよ」とほおを緩めた。
 このスピーチが功を奏した、ワケではないがサブローは高校出の新人ながら「来年のアメリカキャンプには連れて行きますよ」と広岡GM。ロッテの投手以外のドラフト1位は1977年(昭52)の袴田英利捕手(法政大)以来という期待の星の“つかみ”はOKだった。
 入団時から登録名は「サブロー」となった。この年ブレークしたオリックス・イチロー外野手にあやかり「イチローの3倍くらい活躍してもらうように」(重光昭夫オーナー代行)と球団主導で売り出すことを決定。里見祐輔投手の退団に伴い、空き番になっていた背番号「36」(サブ・ロー)が用意された。「プロに入ったらイチローさんのようになりたい。(登録名が)サブローになればいいなと思っていた」と本人も感激。18歳の新人選手は順風満帆のスタートを切った。
 広岡GMが“予言”した通り「勝負強い」選手となった。05年、ロッテの31年ぶり優勝の際には「つなぎの4番」として活躍。07年12月の北京五輪アジア予選の台湾戦では、1点ビハインドの7回、シビれる場面で同点のスクイズ決め、その後の打線の爆発を呼んだ。
 初本塁打は入団6年目の00年と遅く、これまで14年の現役生活で通算66本。しかし、各打順で本塁打を放っており、あとは9番でアーチをかければ、プロ野球史上7人目となる全打順本塁打を記録することになる。
 憧れのメジャー行きを封印して、ロッテで15年目のシーズンを迎える09年。記録とともに、4年ぶりのV奪回がサブローのバットにかかっている。

続きを表示

バックナンバー

もっと見る