日めくりプロ野球 12月

【12月9日】1993年(平5) デーブ大久保激怒!「言いたくないけど余計な金使うから…」

[ 2008年12月1日 06:00 ]

サヨナラ本塁打を放ち、感激の涙を流す大久保。巨人移籍後はチャンスに強いバッティングで何度もチームを救った
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 交渉時間わずか2分。世間話をした時間を入れてもせいぜい5分で巨人・大久保博元捕手は契約更改の席を立った。提示額は現状維持の2640万円。「冗談じゃないっすよ。僕としては1000万円アップからの(交渉)スタートだと思って席に着いた。プッツンしました」とぶ然としたまま、球団事務所を後にした。
 92年5月、西武から移籍した大久保は新天地で持ち前の長打力を生かし本領を発揮。移籍1年目に15本塁打を放ち、2年目の93年は巨人の日本人選手では原辰徳内野手、松井秀喜内野手に次ぐ10本塁打を打った。しかし、5月27日のヤクルト9回戦(神宮)で高津臣吾投手から死球を受けて左手を骨折し、復帰は8月後半になってしまった。死球について球団は公傷扱いにはしたが、提示された額は事実上ダウンにも等しかった。

 大久保の怒りの矛先は球団の金に糸目をつけない補強に及んだ。「いろいろなところで余計なお金を使うんだったら、実際にチームで活躍した選手に払ってほしい」と強調。ちょうどドラフトでは“逆指名”制度がスタート。まだ、プロで1勝もせず、1本もヒットを打ったことのないアマチュアに1億円の契約金と1000万円を超える年俸を用意することに、大久保はどうしても理解できなかった。
 さらにFA宣言をした中日・落合博満内野手獲得に乗り出していた巨人が用意した額は最低でもおよそ8億円。くしくもこの日は落合と巨人が初交渉のテーブルについた日。高級ホテルの13万円のスイートルームで話し合い、球団関係者の控室ですら8万円かかった。新人の契約金に落合の件を加えて大久保は暗に「いろいろ余計なお金」と指摘した。この日は岡崎郁内野手、水野雄仁投手も保留。大荒れ交渉の原因に球団の金遣いへの批判がないとは言えなかった。
 大久保はなおも言った。「(死球を受けても球団がケアしてくれないのなら)もう踏み込んで打たない。これなら130試合ベンチにいた方がマシ。松井、元木に恨みはないけれど、前半の大事な時に打ちましたか?Jリーグならゲームに出れば何か出るんでしょ?もう野球なんかやってられない」。
 秋季キャンプで一塁転向を言い渡された大久保だが、落合の入団が確実視されるようになると、再度捕手へ。球団の場当たり的なチーム編成への考え方にも我慢がならなかった。
 結局、話がまとまったのは、年明けの1月12日。4度目の交渉だった。460万円増の3100万円で大久保は渋々ながらサイン。交渉は2時間15分に及んだ。「納得したからサインした」とはいうものの、実はあと100万円にこだわっていた。100万円プラスとなれば、500万超のアップとなる。
 「当初の考えから歩み寄ってもそれくらいの活躍はしたという自負がある」と大久保。「銀行に行って自分の100万円を下ろしてくるから、3200万円でサインしてくださいって頼んだんですよ。僕は銭ゲバじゃないですよ。でもキャッチャーって大変なんですよ」。体を張って1年やってきたという自負があるからこそ、たとえ100万円の差であってもどうしても譲れなかったのだ。
 契約更改をめぐるさまざまなドラマは時代が変わっても毎年繰り返される。残した成績がモノをいう世界だが、それだけで割り切れないからこそ話がもつれるのだ。

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