日めくりプロ野球 12月

【12月4日】1986年(昭61) 約束してくれたのに…アニマルの女房・藤田浩雅“殴打賃”よこせ!

[ 2008年12月1日 06:00 ]

アニマル(右)に勝利の儀式のパンチを浴びてよろける藤田。アニマルの一撃はいつも容赦がなかった
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 少しは期待していたのに、査定には含まれていなかった。契約更改に臨んだ、阪急・藤田浩雅捕手は40%アップの1150万円(推定)の提示を受けたが、これを保留。球団と藤田の考えの間には150万円の開きがあった。
 150万円の差額は、約束したはずの“殴打賃”が入っていなかったからだ。86年から阪急の守護神となり、5勝3敗19セーブの数字を残したアニマル・レスリー投手の女房役でもある藤田。アニマルはセーブポイントをマークすると、雄叫びを上げ、派手なパフォーマンスで観客を喜ばせたが、その締めくくりは、握手を求める藤田の顔を殴ったり、胸をどついたりと、手荒い勝利の儀式の応酬だった。

 “暴力夫”に殴られても蹴られても耐える姿に上田利治監督も岡田栄球団社長も「1発殴られて何点とか、査定する時にはプラスのポイントをつけなければいかんな」。シーズン中から口をそろえて“慰謝料”を約束してくれた。
 ところがフタを開けてみると「そんなの点数に入っていませんよ」。「アニマルが投げる時はフォームも大きいし、意外と神経質だから神経もずい分使った。リードにも苦心しましたよ。それが認められなかったようで…」と複雑な表情を浮かべた。
 12球団のレギュラー捕手は西武・伊東勤、巨人・山倉和博の3300万円を筆頭に2000万円台が当たり前。入団4年目とはいえ、藤田はレギュラー捕手としては12球団で一番薄給だった。欠場したのはわずか4試合。シーズン中、右手の3針縫うけがをし、バットが満足に振れなくても、スローイングができなくても、チームのためにと出場を続けても、評価は低かった。「他球団の捕手と比べてもあまりにも差がありすぎる。もう少し捕手の立場を理解してほしい」と藤田。「こうなったらアニマルに慰謝料でも請求しようかな」と半分冗談、半分本気で言い残して事務所を後にした。
 口約束だったかもしれないが、監督、球団社長自ら“殴打賃”を用意するといった以上、査定担当者も見直しせざるを得なかった。2回目の交渉で前回より100万円多い1250万円を提示されようやくサイン。希望額に50万円足りなかったが、女房の苦労を分かってくれれば、それで良かった。
 静岡・御殿場西高から社会人の関東自動車へ進んだ。高校を出る際、ノンプロの名門大昭和製紙にトライするもはじかれたことから、プロは夢のまた夢と思っていた。転機が訪れたのは、都市対抗でヤマハの補強選手として出場した時だった。
 打撃は粗削りだったが、その強肩に広島、阪急などが目をつけた。特に阪急は衰えが目立つようになったベテラン中沢伸二捕手の後継として、リストアップ。82年のドラフトで3位指名された。
 6年ぶりにリーグ制覇した84年に新人王とベストナインに選ばれた。この両賞を獲得した選手は、08年現在藤田だけという前人未到の金字塔だった。「アイツのハングリー精神には頭が下がる」と阪急首脳陣全員が認めるガッツマン。かつて家業の食堂が何度も傾き、食うや食わずの生活をしてきただけに、プロ野球の世界でなんとしても生きていくという覚悟が他の選手とは違っていた。
 92年には高田誠捕手とのトレードで巨人に移籍。藤田元司監督が3年越しのラブコールを送り、まとめた話だった。96年に引退。そのパンチ力を証明するように、通算439安打ながら72本塁打を記録した。巨人の2軍コーチとフロントを行った来たりしているが、得意のダジャレで場を和ますのは、現役時代も今も変わっていない。

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