日めくりプロ野球 11月

【11月24日】2004年(平16) 楽天“1期生”一場靖弘、仮契約「目標15勝」が…

[ 2009年11月1日 06:00 ]

楽天時代の一場。制球難は克服できず、4年間で計15勝(28敗)と期待を裏切った形となった
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 近鉄のオリックスとの合併に端を発した球界再編問題によって誕生した楽天が、ドラフト自由枠で獲得した明治大の一場靖弘投手を含む大学出身の球団“1期生”と、東京・六本木で一同に会し、仮契約を結んだ。

 巨人に始まり、その後横浜、阪神にまで波及し、3人のオーナーが辞任した金銭授受問題の記憶がまだ消えないまま、“張本人”の一場は契約金1億円プラス出来高5000万円、年俸1500万円(いずれも推定)の上限ギリギリの最高の待遇で仮契約。同席した田尾安志監督は早くも「開幕から先発ローテーションで使う」と、破格のお墨付きまで与えた。
 「目標は15勝。明治の先輩の川上(憲伸投手)さんに少しでも追いつきたい」という一場。開幕1軍が目標などと言わないところに、相当な自信があることをうかがわせた。背番号も川上と同じ11番。楽天入りすることになった金田政彦投手、川尻哲郎投手もかつて11番を背負っていたが、球団は身を置くことになったが、問題が発覚しなければ04年のドラフトの最大の目玉になる本格派右腕だった。
 群馬・桐生一高から明治に進み、神宮では最速154キロを記録。特にスカウトが注視する4年春のシーズンでは、奪三振107個で東京六大学史上79ぶりにシーズン3ケタ奪三振を記録。明大に優勝をもたらし、全日本大学選手権では完全試合を達成した。
 争奪戦にならないはずがない即戦力候補に多額の金が動いたことは、公に伝わらないだけで関係者はみな知っていた(一場以上の金が動いたケースもあるが…)。その結末が、一番しがらみのない新興球団入り。一場のプロ生活のスタートは最初から波風がたつものだった。
 紆余曲折を経てのプロ入りが象徴するように、ルーキーイヤーから前評判通りの投球は見せられなかった。田尾監督は約束どおり、ゴールデンルーキーを先発で使い続けたが、開幕から7連敗スタート。初勝利は9月3日のオリックス戦。デビューから半年近くの歳月を要し、ふり返れば、目標の15勝ははるか遠くわずか2勝止まりだった。
 制球難による四球の頻発と速いだけで「怖さがない」と酷評されたストレートは、アマの世界では通用しても、プロでは通用しなかった。2年目の06年は7勝するも倍の14敗でリーグ最多敗戦。年々登板数が減り、期待の大型新人は09年3月の開幕直前にヤクルト・宮出隆自外野手とのトレードで移籍。楽天“1期生”の一番星は、同期で一番最初に球団から去ることになった。
 伸び悩む明大の後輩を、大先輩の高田繁監督が引き受けた感じが強いが、制球難は相変わらず。スリークォーター気味に“モデルチェンジ”も結果が出ず、いつのまにかコントロールを気にして真っ直ぐも走らなくなった。
 1勝に終わった09年。来季は6年目28歳。10年は本当に崖っぷちに立たされた状況でのスタートになる。

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