日めくりプロ野球 10月

【10月29日】1961年(昭36) 最高の外角低目が…スタンカ激高!宮本敏男、サヨナラ安打

[ 2010年10月1日 06:00 ]

 【巨人4―3南海】もし、あの1球がストライクと判定されていたら、球史に残る川上哲治監督率いる巨人の9連覇はなかったかもしれない。
 日本シリーズ第4戦(後楽園)。1点を追う巨人は2死満塁で打者はこのシリーズ大当たりの“エンディー”こと、ハワイから来た日系人の4番宮本敏男右翼手。マウンドはリリーフに立った南海のエース、ジョー・スタンカ投手。カウント2―1からの4球目は外角低めに沈むカーブ。野村克也捕手右ひざの位置、構えたところにドンピシャに決まった。

 ストライク、見逃し三振、と誰もが思った瞬間、円城寺満主審の判定はやや間があった後「ボール!」とコールした。「なんや!どこがボールや!」野村が大声を上げていると、スタンカがマウンドから脱兎のごとくは走ってきて、激しい口調でまくし立てた。グラブを叩きつけ、両腕を大きく広げ「Why?(なぜだ?)」を連発。頭に血が上って、顔面は完全に紅潮していた。
 バッテリーだけではない。ベンチから南海のコーチ陣や控え選手たちも円城寺球審を取り囲み、センターを守っていた大沢昌芳(後に改名して啓二。日本ハム監督)まで駆けつけ抗議の輪に加わった。
 鶴岡一人監督が間に入って、なんとか収まったが、一度熱を帯びたスタジアムはもう別の雰囲気になっていた。続く5球目。後にID野球を標榜し、考える野球を提唱したノムさんも若かった。こうなったらストレート勝負と真っ直ぐのサインを出した。興奮しきっているスタンカ。力まないはずがない。真ん中高め、宮本の一番好きなコースにきた。快音を残した打球は右前に。杉山光平右翼手懸命のバックホームも二走・藤尾茂捕手が生還し、逆転サヨナラ。南海は手中に収めかけた白星がスルリと逃げ、巨人に3連勝を許し、日本一への王手をかけられた。
 ホームへベースカバーに入ったスタンカは故意か偶然か、円城寺球審と激突。そのまま1メートル96、96キロの巨漢の体当たりをまともに受けた円城寺はその場に倒れこみ、藤尾の生還を判定できなかった。
 収まらないのは南海ナインだ。松井淳コーチが「八百長やってんのか!巨人の回し者か!」とつかみかかれば、普段おとなしい蔭山和夫コーチまで「おい、バカにしているのか!」と怒鳴り、殴りかかりはしなかったものの、足蹴にする選手まで出る始末。出入り口を南海の選手にふさがれ、警官隊が出動する事態にまで発展した。
 判定は多くの野球解説者、巨人ナインでさえ「ストライク」と認めるほどで、円城寺球審にとって旗色は悪いものだった。名解説者の小西得郎は「あれはストライクだが、円城寺君は外角低めの変化球をボールにとるクセがある。それを知っておけば攻め方は別にあったのでは」と語った。が、南海サヨナラ負けの伏線はこの判定以前にあったともいえる。
 9回表に広瀬叔功中堅手の逆転2ランで1点リードした鶴岡監督は連投になるスタンカではなく、まず祓川(はらいかわ)正敏投手をリリーフに送ったが、先頭の代打・渡海昇二外野手に死球を与え、わずか2球で交代。慌ててスタンカを投入した。そのスタンカも2死を奪ったが、代打の藤尾の何でもない一飛を寺田陽介一塁手が落球。続く長嶋茂雄三塁手の三ゴロも当たり損ねが幸いし、内野安打となった。
 リリーフ投手の誤算に失策、そして不運な内野安打。極めつけが自信を持って投げた最高の1球がボール判定された。まるで巨人を勝たせるようなシナリオがあらかじめ組まれていたような内容に、川上監督は「粘り勝ち」と言ってみたものの「不思議な勝ち。野球は怖い」ともつぶやいた。
 南海は翌第5戦にスタンカが意地の完投勝利も、結局2勝4敗で敗れた。川上監督は初の日本シリーズ指揮で初優勝。監督時代11度の日本シリーズですべて優勝したが、その第一歩がこの南海とのシリーズ。巨人が新しく生まれ変わる途上の不安定な時期での優勝は、その後の常勝ジャイアンツの基礎となった。

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