日めくりプロ野球 10月

【10月11日】1973年(昭48) 長嶋茂雄骨折 富田勝、萩原康弘…燃えた控え組み

[ 2010年10月1日 06:00 ]

 【巨人10―10阪神】阪神・後藤和昭三塁手の三塁ゴロはイレギュラーした後、巨人・長嶋茂雄三塁手の右手に当たりエラーを誘った。2回表、この失策で阪神は早くも7点目を挙げた。
 長嶋の右手薬指には激痛が走り、皮が裂けて大量の出血をした。「やっちまった。折れちまった」。苦悶の表情で無念さを口にして長嶋はベンチに下がった。V9がかかっている巨人にとって1敗すれば優勝はほぼ絶望的になる。1厘差で前を行く首位阪神相手に序盤で0―7のスコアも痛かったが、それ以上にチームの士気に影響を与える長嶋の戦線離脱は痛かった。

 が、長嶋はただ引っ込んだわけではなかった。代わってサードの守備に入った富田勝内野手にすれ違いざま言葉をかけた。「頼むぞ。きょうは負けられないんだ」。その言葉を反すうしながら富田は打席に入った。4回、無死二、三塁。巨人は阪神先発の江夏豊投手をようやくつかまえつつあった。
 フルカウントから江夏が三振を取りにきたストレート。タイミングがピタリとあった打球は、後楽園球場の左翼スタンドに吸い込まれていった。「とにかく江夏が相手だから振り負けないようにするだけだった。長嶋さんの代わりが少しでも務まってよかった」。富田の一撃で巨人は息を吹き返した。
 これで4点差。前日の10日、リリーフで4イニングを投げていた江夏はここで交代。「オレはスーパーマンと違うんや。こんなもんですわ」と江夏。確執が伝えられていた、金田正泰監督の起用法に不満をぶちまけて、江夏はふてくされながらマウンドを降りた。
 2回以降、3投手をつないで阪神に追加点を許さなかった巨人。3点差で迎えた6回、黒江透修遊撃手のソロで2点差に迫り、さらに2人の走者を出すと、川上哲治監督は代打に萩原康弘外野手を起用した。打撃練習を見て、「一番当たっている」とみた川上監督が勝負どころで使おうと密かに考えていた切り札だった。
 萩原も長嶋に声をかけられた一人だった。球場から病院に向かう際、一塁側ベンチ裏の大鏡の前でバットを振る萩原に長嶋は言った。「打てよ。あとは頼んだぞ」。
 川上監督の采配は的中した。阪神3番手の上田二朗投手から打った瞬間それと分かる、2号逆転3点本塁打を右翼スタンドに叩き込んだ。0―7がなんと8―7の大逆転。8年連続日本一の底力が9年ぶり優勝を目の前にした阪神を震え上がらせた。
 阪神は再度リードしたものの、巨人は途中出場の柳田真宏中堅手が守備でのミスを帳消しにする同点弾を放ち、阪神の連勝を許さなかった。3時間35分の激闘の末、時間切れ引き分け。「勝負というのは本当に分からない。長嶋の負傷でチームが一丸となった。勝ちに匹敵する引き分けだ」と川上監督が珍しく興奮しながら、番記者に向かって話していたのが印象的だった。
 巨人にトドメを刺せなかった阪神は絶対的優位に立ちながらこの後、優勝を決められず、10月21日に甲子園で巨人に0―9と大敗し、V9を許した。絶好のチャンスを逃したタイガースは1985年の優勝までさらに12年も待たなければならなかった。

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