日めくりプロ野球 10月

【10月28日】1978年(昭53) “赤い重戦車”来日 名将が認めた中畑清、開眼の逆転打

[ 2009年10月1日 06:00 ]

レッズ戦で1軍で“初本塁打”を放った中畑。レギュラーへの道が開けた第一歩となった
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 【巨人7-6レッズ】日本シリーズ終了から約1週間。オフモードの各球団だったが、巨人は11月下旬まで試合が15試合組まれていた。読売新聞社などが招へいした米大リーグ、シンシナティ・レッズが初来日。北は北海道から南は福岡まで、各地で巨人や巨人と他球団の連合軍相手に親善試合を行った。その第1戦が秋雨けむる後楽園球場で始まった。

 赤いヘルメットをかぶったレッズは75、76年のワールドシリーズチャンピオン。大リーグ最多安打記録4256本のピート・ローズ主将を筆頭に“ビッグ・レッド・マシーン”(赤い重戦車)と呼ばれた破壊力満点の打線はベストオーダーで巨人戦に臨んだ。名将スパーキー・アンダーソン監督の「親善試合といえどもベストを尽くせ。手を抜くな」の方針は徹底していた。
 先手を取ったのはレッズ。メジャーの2年連続本塁打王、4番ジョー・フォスター左翼手が4回に左中間スタンド最上段へ2点本塁打を放った。堀内恒夫投手の決め球カーブを完璧にとらえた一打だった。
 「1打席目にカーブで三振したからね。最初から狙っていたんだ」と当時としては珍しかった黒バットで見事な一発を打ったフォスター。すでに“峠を越えた”投手となっていた背番号18とはいえ、さすが大リーガーと、4万7000人の観衆が傘をさしながらため息をつくほどの特大アーチだった。
 巨人も負けてはいなかった。その裏、今度は“世界の本塁打王”王貞治一塁手が右翼へ、こちらはフェンスギリギリに飛び込む2点本塁打を放った。「距離が違うよ、距離が…」と苦笑しながら、ベースを一周した王。フォスターの豪快な一撃に比べると、王のそれはメジャーの球場だったら…と思わせるほど、かろうじてスタンドインした一発だった。三塁を守るローズが微笑みかけると、王は照れ臭そうにヘルメットの後ろに手をやり“参ったなぁ”と下を向いてしまった。
 時差ボケと実戦から3週間以上遠ざかっていたこと、雨でマウンドが軟らかくなった上に慣れていないということが災いしてレッズは1点差で敗れた。勝負を決めたのは入団3年目、まだ1軍でシングルヒット3本しか打ったことのなかった中畑清三塁手だった。1点を追う8回、二塁に王を置いて途中から高田繁に代わって出場していた中畑は、レッズ2人目ソト投手の初球を強引に引っ張り、左翼席へ逆転の2点本塁打を放り込んだ。
 「高目を狙ってこい」と岩本堯2軍監督に言われ、その通りに中畑は打った。「1軍に上がった時は周りのものが目に入らなくてが落ち着かなかったけど、きょうはお客さんも見る余裕があった」と中畑。敗れたアンダーソン監督は「決勝本塁打を打った体の大きい若い内野手は素晴らしい。まだマイナーの選手?来年はジャイアンツで活躍するよ」と中畑をベタ褒めしたが、その予言は的中した。
 79年、中畑は100試合に出場し、12本塁打45打点で2割9分4厘をマーク。故障した高田に代わり、サードのポジションをガッチリつかみ、80年代の巨人を代表する選手となった。
 「ジャイアンツのバッティングは素晴らしいし、よく鍛えられているいいチームだ。だが、ウチも5試合あればベストの状態になる」とアンダーソン監督が言ったとおり、レッズは11月4日の第6戦(横浜)、大洋・巨人連合軍に3-1で勝つと、以後10連勝。前半5試合の2勝2敗1分けがウソだったように、連勝したまま帰国。メジャーリーグとの力の差を思い知らされた。
 

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