日めくりプロ野球 10月

【10月17日】1963年(昭38) 最終打席、カウント0-3 野村克也 ひと振りで決めた

[ 2009年10月1日 06:00 ]

8年連続本塁打王、6年連続打点王などまさにパ・リーグの顔だった野村
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 【南海6-1近鉄】「もうアカンわ…」。カウント0-3になった時、打席の南海・野村克也捕手はキュッと唇をかんだ。「一か八かや。次は振るしかない」。大阪球場の南海-近鉄30回戦はホークスのシーズン最終戦。恐らく野村にとっても最終打席になるであろう7回2死一、三塁の場面を迎えた。
 年間52本塁打の日本新記録まであと1本に迫った野村。次のボールを見送って一塁に歩けば、50年(昭25)に松竹・小鶴誠外野手が放った51本塁打を13年ぶりに更新するプロ野球記録は夢に終わってしまう。野村は意を決して、再度バッターボックスに入った。

 近鉄・山本重政投手の4球目は外角のストレート。見送ればおそらくボールだったが、野村は踏み込んだ。やや短く持ったバットをコンパクトに振りぬくと、打球は左中間へライナーとなって飛んだ。
 「行ってくれぇ、届いてくれぇ」と祈るような気持ちで一塁へ向かった野村。ベース付近で一塁コーチスボックスにいた鶴岡一人監督が両手を挙げて小躍りするのが目に入った。二塁塁審を見ると頭上で右腕をクルクル回していた。
 二塁を回ると今度は野村が小躍りしてスキップ。三塁ベースコーチの松井淳コーチと両手を合わせて、本塁へ。まるでサヨナラ本塁打を打ったかのようにベンチからチームメイトが総出で出迎えた。
 南海が最終戦を勝利で飾ると、今度はグラウンドにフェンスを乗り越えてやってきたファンが野村を取り囲んだ。誰からともなく「胴上げだ!胴上げ!」の声が上がると、身体が宙に浮くまでに時間はかからなかった。
 ファンにとっては、とても胴上げの気分ではないはずだった。最大14・5差を猛追してきた西鉄に抜かれて、優勝はほぼ絶望的。“大逆転負け”をののしる大阪球場名物のヤジも辛らつさを極め、選手も身の危険を感じるほどだった。そのため当初は何をされるんだろうとおっかなびっくりだった野村だが、何度も舞うと表情を崩し、着地した時は満面の笑みだった。
 これで通算225本塁打。「初めて本塁打を狙った。そう滅多に到達できる記録ではないと思うので、少々ボールでも手を出していこうと思った」と野村。「きょうの記録は技術じゃない。気力で打ったんだ」と新記録達成で満足そうに球場を後にした。
 今後いつ破られるか分からない夢の52本塁打だったが、いとも簡単にわずか1年で抜いてしまった男が彗星のごとく現れた。翌64年、62年夏から一本足打法で開眼した巨人・王貞治一塁手が55本塁打を放ち、野村の記録をあっさり更新した。野村は王に負けじと、65年には三冠王に輝き本塁打を量産したが、王のペースはすさまじかった。
 野村が新記録を樹立した時点で110本差がついていたが、その差は詰まるばかり。同じ80年に引退した2人だが、ゴールは王の868本に対し、野村は657本。211本と大きく水をあけられた。
 それでも本塁打記録の更新、戦後初の三冠王と、スラッガー野村の名前は球史に刻まれている。

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