日めくりプロ野球 10月

【10月4日】1984年(昭59) プロ9年生小林誠二 初完投勝利で胴上げ投手

[ 2009年10月1日 06:00 ]

初完投勝利で胴上げ投手になった小林。通算222試合29勝15敗20セーブ。テレビ解説者を経て09年は中日投手コーチ
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 【広島3-2大洋】やっぱり最後もパームボールだった。広島・小林誠二投手の145球目、大洋・屋鋪要中堅手が泳ぎながらバットに当てた打球は力なく横浜の夜空に舞い上がった。長嶋清幸中堅手がガッチリグラブに収めるや否や、三塁側ベンチから広島ナインがグラウンドになだれ込んだ。
 広島東洋カープ4年ぶり4度目のセ・リーグ優勝。チームを率いて10年。古葉竹識監督が7回宙に舞うと、次は逆転3点本塁打の山本浩二中堅手か20年目で初の打点王が確実の衣笠祥雄三塁手かと思われた胴上げに、最後の輝かしい瞬間にマウンドに立っていた小林がいきなりかつぎ上げられた。

 涙があふれて仕方がなかった。優勝の瞬間に投げたいわゆる“胴上げ投手”は82年の西武時代のプレーオフで経験済みだったが、実はプロ9年目にして、これが初完投勝利。それを知ってなのか、女房役の達川光男捕手が「胴上げじゃ!」と小林を監督の次に引っ張り出した。4度も飛んだ小林は「(初完投の)実感がわいてこないけど…。とにかく嬉しいです」。真っ赤に充血した両目から熱いものが次々と流れ、アンダーシャツでふいてもふいても間に合わなかった。
 西武から広島に出戻って1年目。「無我夢中で投げた」結果、幾度となく接戦で好投。チームに勝利をもたらし、リリーフだけで10勝をマークした。優勝が決まるかどうかという試合で古葉監督はなぜ先発で使ったのか。「山根(和夫投手)が爪を傷めたため」と、エースの負傷を古葉監督は理由にしたが、シーズン中フル回転したリリーフエースに報いるため、指揮官は大きなプレゼントをこの日に用意していたふしがある。
 防御率2点台の小林はシーズン終了までに11回3分の2を投げれば、規定投球回数に達し、数字から見ても防御率1位のタイトルを獲得できる可能性が高かった。この日まで53試合に登板も先発は7月1日のヤクルト14回戦(神宮)以外ないリリーフ専門の右腕がどこまで投げられるか未知数だったが、この1年、投手陣の中で一番“奮投”した投手にペナントレースの総決算のゲームを託した。
 中盤の4回から6回にかけて、6安打3四球とややへばり、レオン・リー一塁手、基満男二塁手に連続適時打を浴び5回に2点を先制されたが、後半の3イニングは1安打投球。プロ初完投に加え、防御率は2・24でトップに。残り5試合で2イニングを投げて、見事タイトルホルダーとなり、指揮官の“演出”に応えた。
 75年ドラフト4位で広島入り。本格派右腕の球速はルーキー時からチームトップクラスで、同年1位の北別府学投手より先に1軍で登板した。しかし、肩を痛めた小林はサイドスローに転向したが結果が出ずに81年には西武に移籍した。
 ここで才能を開花させたのは、広島時代の最後に投げていた、親指と小指だけで握っていたパームボールだった。フロリダ教育リーグで試投するとこれが効果てき面。フォークのように手元で落ちて打者を翻弄し、ウイニングショットになった。
 ころで活路を見出した小林は、82年に西武で切り札として活躍。日本ハムとのプレーオフで胴上げ投手となり、西武に球団創設初の優勝をもたらした。
 「昔のオレとは違うってことをアピールしたかった」。広島復帰1年目の活躍はその一心だけで投げた結果だった。パームボールの連投はひじ痛につながり、それが選手生命を縮めた。「それでもパームがあったからこそ、13年もプロでやっていけたし、優勝もできた。悔いはない」と小林。広島4度目のVを決めた初完投勝利は小林にとって同時に最後の完投勝利でもあった。

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