日めくりプロ野球 10月

【10月14日】2004年(平16) 屈辱の記録目前…広島を救った最終打席でのシーズン初安打

[ 2008年10月12日 06:00 ]

08年7月17日、阪神14回戦の9回、ヤクルト・田中浩康(右)がスクイズのサインで空振りも三塁走者の福地寿樹(中央)が本盗に成功。ヤクルトはこの回6盗塁でセ新記録
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【横浜4-0広島】もう99%、大記録達成は間違いなかった。横浜の左腕・吉見祐治投手は広島26回戦(広島市民)の9回二死まで四球1つのノーヒットノーラン。“最後の打者”は、9番・福地寿樹左翼手。04年、右足首のじん帯断裂でシーズン棒に振った福地はここまで19打席でヒットはなし。吉見の出来からして、広島は完全に追い込まれた。
 「出塁することだけを考えた」という福地。スイッチヒッターだが、右打ちの方が苦手。それでも吉見はサウスポー、お約束どおり右打席に入った。

 アウトコースのストレート。丁寧に低目を突いていた吉見の球が初めて高めに浮いた。強振した打球は左中間へ。古木克明左翼手が懸命に打球を追う。なんとか追いついたかに見えたが、打球は古木の差し出したグラブをかすめ、芝生の上に落ちた。
 電光掲示板に光る二塁打を表す「2H」の文字。わずか1本の長打にスタンドはお祭り騒ぎ。屈辱の無安打無得点試合を逃れたことに、カープナインは正直ホッとしていた。というのも、広島はその10日前、阪神戦で井川慶投手にノーヒットノーランを許していた。月間2度やられた球団はプロ野球史上皆無。しかも、この試合はシーズン最終戦とあって、記録を達成されたら締まらないもいいところだった。
 最終戦で04年のチーム最後の“殊勲”のヒットにして、自身シーズン初安打を放った福地は「やっと開幕です」と、半ば冗談で話していたが、とりあえず不名誉な記録だけは免れた1安打だった。
 08年、ヤクルトからFA移籍した石井一久投手の人的補償で西武からスワローズに移った福地は、42盗塁で盗塁王を獲得した。93年ドラフト3位で佐賀・杵島商高から広島に入団して以来15年目。30歳を過ぎて初の盗塁王となった異例の超遅咲き選手だ。
 代走、守備固め専門の広島時代。初本塁打は03年4月12日の中日2回戦、紀藤真琴投手からでプロ10年目と長い時間がかかった。足のスペシャリストは06年シーズン開幕前に青木勇人投手とのトレードで西武入り。ここから球運がつきだした。今まではバットに当てることを主眼に考えていた打撃を立花義家打撃コーチに「丁寧になりすぎると逆に打てなくなる」とアドバイスされ、振り切ることをテーマにバットを振ると開眼。バッティング技術の向上とともに試合出場も増え、ライオンズではトップバッターとしてスタメン出場も増えた。
 理想は「走者に出れば全球ウエストボールを投げられるくらい警戒されて、それでも盗塁を成功させる」。盗塁王だけでなく、08年は初めて規定打席に達し、セ6位の3割2分をマーク。155本の安打数は自己最多であり、初の3ケタの大台だった。超遅咲きの男は、高田ヤクルトが掲げる機動力野球に欠かせないリードオフマンになった。09年は16年目。ベテランと呼ばれる年齢だが、初タイトル奪取でさらなる進化を遂げそうだ。

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