日めくりプロ野球 9月

【9月29日】2000年(平12) 今年も2厘足りなかった 仁志敏久 残念な最終戦

[ 2010年9月1日 06:00 ]

 【ヤクルト6―1巨人】8回表、力のない飛球がセンターに上がった。ヤクルト・真中満中堅手が落下点に入ると、難なくキャッチ。その瞬間、一塁を回った背番号8は天を仰いだ。
 神宮でのヤクルト―巨人28回戦は、巨人の2000年のレギュラーシーズン最終戦。ジャイアンツの1番打者仁志敏久二塁手はこの日、4打数1安打に終わり、打率は2割9分8厘。初の3割到達は2厘足りずに涙をのんだ。

 ヤクルトとの最終戦で第1打席に左翼線二塁打を放ち、2割9分8厘8毛に。あと1本で入団5年目にして待望の3割到達となったが、二ゴロ、左飛と凡退。最後の4打席目にかけた。
ここでヒットを打てば560打数168安打で3割ジャストだったが、五十嵐亮太投手の速球に押された打球は完全に打ち取られた打球だった。
 「しょうがない。自分から3割を捨てたわけだから」と力なく笑った仁志。最終戦より2試合前、その時点で3割をキープしていた。しかし、135試合全試合出場とリーグ最多安打記録にこだわり、欠場をよしとせず出場し続けた。それを悔やんではいなかったが、やはり無念の思いが胸を去来した。最多安打も最終的に横浜ロバート・ローズ二塁手が168安打を記録し抜かれてしまった。3割に最多安打…いずれもあと1本に泣いた。
 仁志は99年も最終戦で3安打を記録すれば、3割という局面で広島戦を迎え、1、2打席目で2安打を放ったが、残り2打席は三ゴロ、遊ゴロで無念の2割9分8厘。2年続けて最終戦で悔しい思いをすることになった。
 2年連続ゴールデングラブ賞、そしてベストナインを獲得。ダイエーとの日本シリーズでは打率3割5分をマークし、優秀選手賞に選ばれ、巨人の日本一に貢献。その後に行われた日米野球でも活躍した仁志だったが、その後3割に届くことはなく、米国を経て2010年途中でユニホームを脱いだ。通算成績は2割6分8厘、1591安打。154本塁打中、先頭打者弾は24本を数えた。02年には22盗塁を記録、20盗塁以上でセ・リーグ初の盗塁成功率10割を記録するなど、忘れがたい選手の1人となった。
 

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