日めくりプロ野球 9月

【9月24日】1983年(昭58) 公約通り 簑田浩二 30年ぶりの“トリプル3”

[ 2010年9月1日 06:00 ]

 【阪急6―3南海】一番気になっていた“問題”がクリアされた。阪急の3番簑田浩二左翼手は南海22回戦(西宮)の8回、山内孝徳投手から左翼ラッキーゾーンに30号2点本塁打を放った。
 簑田にとって初の“大台”となった一発で「3割、30本塁打、30盗塁」という、万能野球選手としての証明である“トリプル3”を15試合残した時点でほぼ確実にした。「一番難しいと思っていた一発が出た。最近ホームランを意識して大振りになっていたからね。これで打率だけに集中できる」と簑田はホッとした表情を浮かべた。

 “トリプル3”達成者は過去3人のみ。すべて昭和20年代に記録されたもので、最新でも1953年(昭28)の西鉄・中西太三塁手以来、実に30年ぶりの快挙。大リーグでは、かつて本塁打世界記録を保持していたハンク・アーロンも63年に達成している一流プレーヤーの証だった。
 ヤクルトのヘッドコーチを務めていた中西は「当時は何も注目されない記録だったが、これだけ技術が発達した中で三冠王に匹敵するくらい(トリプル3は)素晴らしい記録」と簑田を絶賛した。
 これを大きな目標としてシーズンを過ごしたわけではなかった。なにげなく言った言葉がいつのまにか公約のようになってしまった。
キャンプ中、番記者との会話の中で冗談半分で「30を3つ狙ってみようか」と言ったことが、スポーツ紙などで記事になり、簑田もそれなら狙ってみるか、という気になっていった。
 毎年春先は打撃好調の選手だったが、梅雨時から下降線をたどり、夏場は振るわないパターンが続いていた。トリプル3は別として、何とか夏場を乗り切ろうと、簑田が体力強化に取り入れたのが漢方薬だった。1回2000円もする薬のご利益は抜群で、胃腸が弱かった簑田は食欲不振にもならず、体重もベストをキープ。加えて1日9時間睡眠をかたくなに実行。打率は3割台のまま推移した。
 最終的に打率3割1分2厘、32本塁打、35盗塁の成績を残した。打率と本塁打はプロ8年目にして自己ベストを更新して、30年ぶりの快挙に花を添えたが、31歳の外野手はこれがピークだった。
 翌84年、打率2割9分、本塁打26本とまずまずの数字を残したが、足のけがから盗塁がわずか5個と激減。85年には頭部に死球を食らい、86年には自打球で左足を骨折すると長期離脱。バットも足も精彩を欠き、チームの若返りの方針から87年オフに巨人へ金銭トレード。阪急側は当初巨人から若手投手をトレードの交換要員として求めたが、ジャイアンツが難色を示すと、それでも阪急は簑田を放出した。
 甘いマスクで女性からの人気はダントツ。阪急百貨店の紳士服のモデルにもなったいい男も、結構好き嫌いをはっきり言う側面があった。球団に“もの言う男”は、成績が落ちるとその居場所はなかったようだ。
 

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