日めくりプロ野球 9月

【9月18日】1992年(平4) 残ったジャイアンツ 奇跡の5連打 トドメはモスビー

[ 2010年9月1日 06:00 ]

 【巨人4―3ヤクルト】二塁走者、巨人・吉原孝介捕手の気迫にヤクルト・古田敦也捕手のミットから白球がこぼれた。低い姿勢でじっと本塁上のクロスプレーの行方を見ていた小林毅二球審の両腕が大きく横に広がった。
 敗色濃厚の巨人が5連打で見せた執念のサヨナラ勝ち。残り12試合。負ければヤクルトに代わって3位に転落し、首位阪神の背中が遠くなる一戦。絶対に落とせない試合で白星をもぎ取ったのは元大リーガー、ロイド・モスビー中堅手の一打だった。

 「ワオ!」。雄たけびを上げながらお立ち台に駆け上った助っ人は興奮しながら一気にまくし立てた。「最高の気分。絶対にピッチャーの方にプレッシャーがかかる場面。1球目からいこうと思っていた。ベンチにあきらめているヤツなんていなかった。たまたま最後にオレが打っただけで全員で勝った試合だ。これで優勝だ」。
 9回裏1死、2点ビハインドの巨人は代打四条稔内野手の三塁内野安打から始まった連打は4まで続き、1点差でなお満塁。3番モスビーが打席に入った。ヤクルトのマウンドは西村龍次投手から代わった岡林洋一投手。対戦成績は15打数2安打。ほぼ完璧に抑え込まれていたが、初球に限って言えば誰が投手であろうとモスビーは自信があった。34打数15安打で打率4割4分1厘の数字がそれを物語っていた。
 1球目から迷わずバットを振った打球は左前への痛烈なライナー。敗色濃厚のゲームを取った巨人、9連敗となったヤクルト。金曜日の東京ドームは明暗くっきりと分かれた。
 大リーグ、デトロイト・タイガースから4月に緊急入団。かつては阪神で活躍した、セシル・フィルダーとともにタ軍でクリンアップを組んだ通算169本塁打のスラッガーが他のメジャー球団ではなく、“東京ジャイアンツ”を選んだのには理由があった。
 「オレはデトロイトでもトロント(ブルージェイズ)でも優勝経験がない。東京ジャイアンツは日本で一番歴史があり、一番優勝しているチームだと聞いた。ぜひここでチャンピオンになりたい」。
 実際はけがをした右ひざの状態に不安を持ったメジャー各球団が3億円近い高年俸に見合う働きができるかどうか疑問符を付けたため、フリーエージェントになりながら引き取り手がなかった。それでも大リーグで12年間やったバリバリのメジャーリーガーは、日本でやると決めると、途中加入ながら96試合で打率3割6厘、25本塁打の成績を残し、シーズン序盤最下位に沈んでいたチームを優勝争いができるまで引っ張った。
 この年優勝は驚異的な粘りを見せたヤクルトが阪神との最終戦に勝ち、14年ぶりにリーグ制覇を成し遂げたが、93年に長嶋茂雄監督が復帰し、優勝への期待が高まる中、モスビーは残留した。
 が、懸念していた右ひざはもとより、故障が重なりわずか37試合出場にとどまり、打率2割4分6厘、4本塁打に終わって退団。悲願だった優勝を果たせぬまま、ユニホームを脱いだ。

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