日めくりプロ野球 9月

【9月16日】1955年(昭30) “女房”とっかえひっかえ 三原脩監督 5人使って結局…

[ 2010年9月1日 06:00 ]

 【毎日7―6西鉄】なにせ緊迫した場面でマスクをかぶるのは初めて。冷静になれ、というのが無理だった。
 延長10回、毎日(現ロッテ)は1死一、三塁のサヨナラの好機に打者は代打の本堂保弥コーチ兼内野手。ベテラン、小技のうまい本堂を起用した時点で、毎日・別当薫監督の意図を西鉄・三原脩監督は嗅ぎ取っていた。

 大津守投手、大和田明捕手のバッテリーに三原監督は「勝負すると見せかけて外角に外せ。一塁へ歩かせて満塁策を取ってもいい」と耳打ちした。初球ストライクで勝負する素振りをみせた西鉄バッテリー。2球目は外角へボール。カウント1―1になった。
 3球目。三原監督は本堂の表情から察した。“スクイズだ”。大和田に向かってサインを出した三原監督だが、肝心の大和田はベンチを見ていない。1軍の公式戦に捕手として出場するのは2試合目。緊迫した場面で全く余裕がなかった。
 大声を出したが、大和田が気づくことはなかった。外角低めのボールを本堂は見事にバットに当て三塁前に転がした。三塁走者の山内和弘左翼手が猛然とスライディングし生還。毎日のサヨナラ勝ちで、南海を3ゲーム差で追っていた西鉄はこれで4ゲーム差になり、前年からの連続優勝が厳しくなった。
 勝負どころでなぜ21歳の新人捕手を起用したのか。西鉄の先発捕手はベテランの日比野武だった。が、毎日に6点を奪われたところで、どうしても負けられない一戦に三原監督は目先を変えようと後藤順治郎捕手に代えた。リードと肩は1軍レベルだったが、打撃の方は…という後藤は8回のチャンスに代打を送られた。
 9回からは和田博実捕手がホームに座った。後に稲尾和久投手とバッテリーを組んで西鉄黄金時代を築いた名捕手もこの年は出場6試合の新人捕手だった。その和田も9回に代打・玉造陽二外野手が起用され、ベンチに退いた。
 捕手3人を使ってしまえば、もうストックはない。三原監督は仕方なく、外野手登録の選手を使った。
 9回裏は八浪知行外野手を起用。しかし、慣れないポジションで捕逸はするわ、サインミスをするわで投手から苦情が出て交代するしかなくなると次に大和田が出場。前代未聞の1試合捕手5人起用となった。
 すっかり舞い上がって大事な試合を落とす要因を作ってしまった大和田は58年に広島へ移籍すると才能が開花、通算1133安打、147本塁打を放ち、59年にはベストナインに選ばれた。
 

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