日めくりプロ野球 9月

【9月13日】1981年(昭56) ツキ?それとも実力? 間柴茂有 開幕14連勝の日本記録

[ 2010年9月1日 06:00 ]

 【日本ハム9―3阪急】152球目。渾身のストレートに阪急の1番福本豊中堅手は振り遅れた。高代延博遊撃手が難なく捕球すると、日本ハム・間柴茂有投手の笑顔がはじけた。大宮龍男捕手と抱き合い完投勝利の喜びを分かち合うと、三塁側ベンチの大沢啓二監督もガッツポーズ。ダッグアウトにいたファイターズの全選手が自分のことのように歓喜の瞬間に雄叫びをあげた。

 間柴の勝ち星はこれで14。4月14日の近鉄前期1回戦(日生)でシーズン初勝利を挙げてから、なんと無傷の全勝となった。プロ野球がまだ1リーグだった1947年(昭22)の阪神・御園生崇男投手、66年(昭41)の巨人・堀内恒夫投手がそれぞれマークした13連勝を抜き日本新記録。日本ハムナインが大はしゃぎするのもうなずける大記録だった。
 「いいか、お前はツキがあるんだ。こんなエラーぐらいでくじいるんじゃない。このまま後を抑えていけば、また逆転勝ちするぜ!」。5回、阪急が内野の失策で勝ち越し点を挙げた直後、ベンチに戻った間柴に大沢監督はハッパをかけた。9月1日の近鉄後期11回戦(後楽園)、7日の南海後期13回戦(後楽園)とも間柴は完投でパ・リーグタイ記録、日本タイ記録をそれぞれ達成してきたが、いずれも土壇場でのサヨナラ勝ちで勝ちを拾ってきた。
 先発でKOされた時も味方が追いついたり、逆転したりで負けが付かずにここまで来た。“間柴が投げれば負けない”。前身の東映フライヤーズ以来、19年ぶりの優勝を目指す日本ハムにとって間柴の縁起の良さがお守り代わりになっていた。
 大沢監督の言葉通り、打線は7回に相手の守備の乱れに乗じ4安打を集めて4点を奪い逆転。9回にも3点を入れてダメ押し。後は12年目の左腕の完投勝利を待つだけとなった。
 「初めは緊張した。阪急戦は初先発だし、あまりいい結果が出てなかったから」。13勝のうち、近鉄から7勝、南海から5勝とかなり偏っていた。残りの1勝はロッテで、西武と阪急から1つも勝っていなかった。しかも阪急相手には春先に2試合リリーフで投げて3回3分の2で7失点。大沢監督も意図的に阪急戦になるとローテーションから外していた。
 しかし、後期優勝を争う相手を前にして逃げてばかりもいられず、この日ようやく先発。決して本調子ではなかったが、何度も崩れかかりながらも踏ん張った。
 3回に加藤英司一塁手に痛打され、満塁走者一掃で3点を覚悟したところ、エンタイトルツーベースとなり2点でとどまるなど「本当にラッキー、ラッキー」と繰り返した間柴。大洋時代の75年、開幕6連勝しながら、丸2年勝てずに13連敗。その間に「富裕(とみひろ)」から「茂有(しげくに)」に改名して連敗脱出に成功した。
 川崎球場のウグイス嬢だった夫人との結婚とともに愛犬も間柴に幸運を運んできた。大洋在籍時に1匹目をもらい受けると、13連敗が止まり、78年に日本ハムへ移籍し、80年に2匹目が家族に加わると、オールスター初出場、初の2ケタ勝利。そしてこの開幕からの連勝中に3匹目を飼うと日本記録を達成した。
 間柴は9月18日の西武後期12回戦(後楽園)で江夏豊投手のリリーフを仰ぎながらも勝つと、ついに15連勝。パ全球団から白星を挙げ、勝率10割で日本ハム優勝の立役者となった。

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