日めくりプロ野球 9月

【9月8日】1961年(昭36) 中断2時間弱 日付変わり試合終了 機動隊出動で後楽園騒乱

[ 2010年9月1日 06:00 ]

 【国鉄3―2巨人】ダブルヘッダーとはいえ、第2試合が終了したのは、日付が変わった9月8日の午前0時11分。終電間際だった。
 後楽園球場での巨人―国鉄(現ヤクルト)22回戦は延長戦に突入。11回表、国鉄は2死一、二塁で7番鈴木秀幸左翼手の打球は三塁へのゴロになった。長嶋茂雄三塁手が捕球し、三塁ベースを踏んで二塁走者を封殺しようとした。

 二塁走者の土屋正孝二塁手が猛然と三塁へ突進し、間一髪セーフに。が、「左足が痛かった」(土屋)ことでスライディングをしなかったため、土屋は勢い余ってベースを行過ぎてしまった。もう戻るに戻れない。土屋は一か八かホームへ向かって走った。
 追う長嶋。藤尾茂捕手がマスクを外して三塁線上を走ってきた。土屋は三本間に挟まれる形となり、ボールが長嶋から藤尾へ転送された。土屋は三塁方向へ戻ったが、長嶋と交錯。自然と長嶋の腰あたりに手が行き、長嶋を盾にするような形で土屋はその背後からグルッと回り込んだ。藤尾にタッチされながら、土屋はホームベースへ転がり込んだ。
 「アウト!」島秀之助球審の大きな声がこだました。同時に三塁側ベンチから国鉄・砂押邦展監督がすっ飛んできた。「藤尾はノータッチ、長嶋も走塁妨害だ」と強い口調で詰め寄った。これが9月7日午後10時1分のこと。1時間52分にわたる抗議、そして球場の騒乱はこうして始まった。
 以下、時系列に事を追ってみた。
 10時11分、島球審が内野の3人の審判を集めて協議。「長嶋に走塁妨害があった」という結論に達し、砂押監督の主張を認め、判定が覆り、土屋の生還となった。
 10時12分、今度は巨人側が猛抗議。川上哲治監督は「タッチしている。明らかにアウト」とし、「長嶋と土屋がもつれたのは偶然で走塁妨害ではない。むしろ守備妨害だ」と譲らなかった。
 10時25分、川上監督が引き下がるも、この間にスタンドのファンは、審判団や場内アナウンスで何の説明もないことに怒った観客が無数の座布団、空き瓶などを投げ込み収拾がつかなくなった。右翼スタンドでは新聞紙に火を付け、たき火をする者まで出てきた。
 10時40分 いつまでも観客の騒ぎが収まらないため、ついに機動隊が出動。警視庁富坂署の警察官と合わせ250人が警備に当たり、騒乱を鎮めようとしたが、逆に観客はエキサイト。警官らに罵声を浴びせた。
 一度納得したはずの巨人が2度目の抗議。「土屋が本塁へ向かった際に3フィートラインをオーバーしたのでアウトだ」と主張。内藤三塁塁審は「一連の流れでのプレー。オーバーしたとはみなされない」としたが、コーチ陣が強硬で延々1時間近くこの点で抗議を続けた。
 11時41分、ようやく島球審がマイクを握り状況を説明。ホームプレート付近には投げ込まれた座布団だらけで場所が取れずマウンド上で話した。
 11時53分、グラウンドの片付けが終わり、ようやく試合再開。3万7000人の観衆は1万人きって家路についていた。
 0時11分、金田正一投手が長時間中断にもかかわらず、広岡達朗遊撃手を二飛に仕留め、ゲームセット。完投でシーズン17勝目を挙げ、国鉄は2位巨人に2・5ゲーム差、3位中日に3ゲーム差に迫った。
 中断の時間を除いた試合時間は3時間3分。午後7時12分に始まったゲームは、本来なら同10時15分に終了しているはずだった。両軍がなかなか引き下がらなかったのも、シーズン終盤で激しい優勝争いを演じていたからに他ならない。

 

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