日めくりプロ野球 9月

【9月1日】2002年(平14) なぜ報復しない!ペタジーニ怒りの職場放棄

[ 2010年9月1日 06:00 ]

 【阪神3―0ヤクルト】2回が終了した直後、突然のことだった。「背中が痛いからオレは帰る」とだけ通訳に言い残して、ベンチから出て行ったヤクルトのロベルト・ペタジーニ一塁手は、そのままユニホームを脱ぎ、甲子園球場を後にし、午後8時過ぎの新幹線に乗って東京へ帰ってしまった。若松勉監督がこのことを知ったのは試合終了後。完全に職場放棄だった。

 ペタジーニの立場から言わせてもらうなら我慢の限界だった。初回、第1打席で阪神先発のトレイ・ムーア投手から背中に死球を当てられた。殴りかからんばかりの形相で同じ立場の外国人投手をにらみ付けながら一塁へと歩いた。
 2回、阪神の5番ジョージ・アリアス一塁手がヤクルト先発石川雅親投手から右中間へ先制の23号ソロ本塁打を放った。ペタジーニの表情に落胆の色が広がった。自軍の投手が相手の外国人選手に死球の“報復”をしないどころか、ホームランを打たれたことにはらわたが煮えくり返る思いだった。当てられたら当て返す。大リーグでは“お約束”になっている儀式が行われないことへの不満は、米国式野球で育ったペタジーニにとってどうしても腹に収めておくことができないことだった。
 ペタジーニの怒りの職場放棄は今に始まったことではない。半月前の8月16日、神宮での阪神戦。2打席連続本塁打を放った後の3打席目に死球を受けた。6回、阪神の攻撃でアリアスが山部太投手からヤクルトに一矢を報いる本塁打を打った。6点差もあって余裕のある場面で、何でこのチームはオレの仕返しをしてくれないんだ!ペタジーニは攻守交替でベンチに戻ると、当てられた右腕の痛みを訴え、ベンチに下がることを申し出た。「気分が悪い。この試合はもういい。やってられない」と通訳に向かって、本音をぶつけた。
 ことの次第を知った若松監督は翌日、ペタジーニと通訳だけを交えてさしで話し合いの場を持った。日本ではメジャーのように死球の後、相手チームの主力や捕手を狙ってぶつける慣習はないと説明。しかし、ペタジーニは「オレは日本人じゃないから分からない」とあくまで自己の主張の正当性を強調した。
 その後、いつも一緒のオルガ夫人まで“参戦”。「ヤクルト球団は夫を守ってくれない」とまで言い、関係の修復は難しくなった。チームの雰囲気を乱すと監督が判断すれば、1軍から外すべきだが、わずかとはいえ、優勝の可能性が残っていたヤクルトはなだめすかしながら4年連続35本塁打以上打ってきた問題児を使わざるを得なかった。
 思えば、ヤクルトを出るための口実作りだったのかもしれない。この年のオフ、年俸交渉で決裂したペタジーニは、巨人が総額20億円以上の大金をつぎ込み獲得。ニューヨーク・ヤンキース入りした、松井秀喜外野手の穴をこれで埋めようとした。死球のことで巨人では大きな問題は起こしたことがなかったことから考えても、あれはペタジーニの作戦だったのかもしれない。
 05年で巨人を退団後、米国に戻りシアトル・マリナーズなどに一時所属。代打の切り札として起用されたが、定着できずメキシカンリーグを経て韓国へ。2010年、電撃のソフトバンク入りを果たし日本球界に復帰した。

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