日めくりプロ野球 9月

【9月26日】1962年(昭37) “下手投げの本格派”秋山登、2日連続完封勝利

[ 2009年9月1日 06:00 ]

全盛期の秋山の投球フォーム。通算193勝で惜しくも200勝に届かなかったが、パの南海・杉浦とともに昭和30年代の代表的な下手投げ投手だった
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 【大洋1-0阪神】身長1メートル80にして体重69キロ。プロ野球選手には見えない華奢な体の男は、113球5安打完封勝利を収め、ひと仕事を終えると「ビールでも飲みたいな。1本だけだけどね。またすぐ投げろって言われるから」と笑った。
 川崎球場での阪神26回戦でシーズン26勝目を挙げた大洋・秋山登投手は、何事もなかったように涼しい顔で番記者の取材に答えた。実は何事もなかったどころではなかった。

 大洋のエースにして、“下手投げの本格派”といわれた速球投手は、前日25日の阪神戦にも先発で登板。119球を投げ3安打完封で“トラ退治”に成功。現在の中5、6日のローテーションが確立した時代では到底考えられない、2日連続完封勝利を挙げた。
 三原のタヌキおやじのやることだ、あるかもしれない、と思いつつも、まさかという気持ちが阪神ベンチにはあった。だが、試合前のメンバー表交換を終えた阪神・藤本定義監督は「9番 投手 秋山登 背番号17」という表記を見つけ、やはり驚かずにはいられなかった。
 残り8試合。大洋・三原脩監督は首位阪神とのゲーム差を0・5に詰めると、一気に首位奪回を狙った。三原脩監督はかつて西鉄時代にエース稲尾和久投手を連投させたように、勝負どころでここまで25勝をマークした秋山の右腕にすべてを託した。
 「三原のヤツ、ここが天王山と踏んだな」。藤本監督は緊急ミーティングを開き、選手に檄を飛ばした。「きょう秋山を潰せば優勝できる。心してやってくれ」。選手に細かいことを言わない名将が試合前に選手を集合させることはかなり珍しかった。阪神もここまで25勝の小山正明投手が先発。阪神にとっても天王山だった。
 大洋が消化した126試合中、約56%の70試合に登板したエース秋山。先発翌日の試合でリリーフしたことは何度もあったが、前日先発で、翌日もというのは初めて。「先発?球場に来て初めて聞いた。まあ、リリーフくらいはあるかなと思ってたけど…」。いつも淡々としている男である。何事もなかったようにマウンドに上がった。
 「5回くらいまで2点くらいに抑えておけば勘弁してくれるだろうと思って投げた」というアンダーハンドだが、1回から3回まで毎回安打を許した。それもひと汗かくと体がキレだした。中盤を無安打に抑えると、8回に苦手にしている遠井吾郎内野手に三塁打を打たれ、無死三塁のピンチも3本の内野ゴロで冷静に切り抜けた。9回は3人で簡単に終わらせ、初回に味方が犠飛で入れた1点を守り、2日連続シャットアウト勝ち。大洋は11日ぶりに首位を奪回した。
 「この試合を今シーズン最後の試合のつもりでいた。秋山先発?前の日の夜に決めた。秋山が試合で投げている時にだ。これで優勝のチャンスが出てきた」。三原は自らのアイディアでの勝利に上機嫌だった。
 大洋は残り7試合、阪神は4試合。首位に立った大洋の方が圧倒的に有利だった。しかし、野球は恐ろしい。9月29、30日の国鉄との3試合に地元甲子園で奇跡の3連勝した阪神に対し、大洋は4位巨人に後楽園でよもやの3連敗。阪神が再度首位に立つと、大洋は10月2日の巨人戦に勝ち2差としたが、シーズン最終戦となった10月3日の広島戦で阪神は小山が完封。大洋は3試合を残していたが、全勝しても届かないことになり、阪神の逃げ切り優勝が決まった。
 天王山を乗り切ったはずの大洋が、もはや優勝の望みのない巨人に足をすくわれてのV逸。獅子奮迅の活躍をしてきた秋山もこの年巨人にはわずか1勝しかしておらず、30日のダブルヘッダー第1試合で3点を奪われ敗戦投手に。エースは連日完封の次の登板で力尽きた。

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