日めくりプロ野球 9月

【9月22日】1993年(平5) 大沢親分、伊良部に“刺された”「ドームにもクラゲが…」

[ 2009年9月1日 06:00 ]

チームの低迷に監督に復帰した大沢親分。実は急場しのぎの緊急登板だった
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 【ロッテ11-1日本ハム】残り10試合。勝てば首位まで1・5差、優勝の可能性も再び見えてくる大切な試合だったが、日本ハム打線は大沢啓二監督いわく「カムチャッカのホウレンソウみたいにガチガチ」になって、ロッテ・伊良部秀輝投手の前に散発3安打1点。おまけに13個の三振を食らって沈黙。逆に投手陣は炎上して大敗を喫した。

 首位西武がもたついている間に追い上げるはずが、全くいいところなく2連敗。「幕張だけかと思ったら、東京ドームにもクラゲがいやがったな」。“親分”こと大沢監督は笑いながら、大敗のショックをぬぐおうとしていたが、選手の落ち込みようは相当なもの。下を向く選手の姿を見ているうちに親分の怒りも爆発した。「頭からタバスコをガンガンかけてピリッとさせねえとな。優勝なんぞできやしない。それにしてもあのクラゲにまた刺されちまって、2度もやられるのはプロとして恥ずかしいぜ」。
 最初にクラゲに刺されたのは、8月31日のロッテ22回戦。千葉マリンで4安打1点に抑えられ、この日も1-10で大敗した。日本ハムは0・5差まで首位西武に近づきながら、また1・5差に引き離されてしまったことで、大沢監督が「幕張の海を泳いでいたら“イラブ”っていう電気クラゲに刺されちまったよ。イテエのなんのって」とやけ気味に、2年ぶりの完投勝利を挙げた伊良部を形容。ここから伊良部=クラゲという勝手なイメージが定着した。
 結局、ファイターズは大切な試合で“イラブクラゲ”に2度刺されたのが致命傷となった。日本ハムは11年ぶりに2位となり、大沢監督の復帰元年にふさわしい戦いぶりを見せたが、大切なロッテ戦を2つ落としたことで12年ぶりの優勝は夢となり、西武の3連覇を許すことになった。
 しかし、クラゲをはじめ、西武のバント攻撃に対し「面白くもなんともねえ」などと“口撃”した大沢監督は、Bクラス続きのチームを活性化させリーグを盛り上げたということでパ・リーグの原野和夫会長から特別功労賞が贈られた。
 時はサッカーJリーグ元年、セ・リーグは巨人に長嶋茂雄監督が復活し、大いに盛り上がった。人気獲得に躍起となっていたパ・リーグだが、大沢監督率いるファイターズは、監督が意識的に前へ出て陣頭指揮を執り、“舌戦”だけでなく選手自身に“ハッスルプレー”を奨励、常勝ライオンズ相手に12勝13敗1分と大健闘。最後まで球界の新盟主を苦しめたことが評価された。
 実は監督復帰は、巨人の監督を辞任して幅広い活動をしていた王貞治氏に断られ、他の候補も公傷がまくいかず、急きょ再登板で就任したものだった。「これで1つ冥土の土産ができたなあ」と冗談を言った大沢監督。61歳の秋のことだった。

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