日めくりプロ野球 9月

【9月13日】1998年(平10) “波留”が来た!秋晴れのハマスタで放った待望の1号!

[ 2009年9月1日 06:00 ]

シーズン初本塁打を放ち、出迎えられた波留(右)。01年にシーズン途中で種田と交換トレードで中日へ移籍。ロッテで現役を引退し、横浜にコーチとして帰ってきた
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 【横浜11-0阪神】その時を本人だけでなく、打撃コーチもチームメイトも待っていた。
 秋晴れの横浜スタジアム。4回、2死から作った一、二塁の好機に横浜の2番波留敏夫中堅手が阪神・井上貴朗投手から左翼席に突き刺さる先制3点本塁打を放った。マシンガン打線を誇るベイスターズだったが、本塁打となるとこの一発がなんと8月28日の広島戦でボビー・ローズ二塁手が放って以来、実に半月、11試合ぶりのアーチだった。

 ただでさえ、久しぶりのホームランなのに、打ったのがシーズン1号本塁打となる波留だっただけに、ベンチは大盛り上がり。「入るとは思わんかった。ファンの声援があそこまで飛ばしてくれたんでしょう」と話した、横浜はチーム一のお祭り男の一撃でマシンガンがようやく火を噴き、16安打11点の“いつものスタイルで爆勝。シーズン初の4連敗を免れ、2位中日とのゲーム差を3・5のままキープした。
 「やっと胸のつっかえがとれたね」と微笑んだのは高木嘉一打撃コーチ。打線が活気づき連敗を脱出したこともあったが、波留の初本塁打を待ちに待っていたのも高木コーチだった。
 波留の前年97年の本塁打は8本。多くもないが、決して一発がない選手でもない。その波留が9月になるまで1本も本塁打がなかったのには理由があった。
 98年のシーズン前、球界を揺るがしたプロ野球選手による脱税事件が発覚。脱税を指南した経営コンサルタントによる節税対策だったが、その中に横浜の3選手の名前があった。その1人が波留だった。
 裁判の判決は懲役10月、執行猶予2年、罰金450万円。加えて開幕から6週間の1軍登録停止だった。が、波留ら横浜の選手は、さらに球団独自に厳しいペナルティが課せられた。他球団の選手は1軍で出場できない間、ファームの試合で調整を続け、ゲームの感覚を忘れないようにし、1軍に昇格した際にもすぐに試合に溶け込めたが、ベイスターズでは2軍戦の出場も禁じた。
 黙々とマシーンを相手に打撃練習繰り返した波留。オープン戦も2軍戦も出場しないまま、謹慎開けの5月16日、権藤博監督はいきなり1軍の1番・中堅で起用した。チームはここまで16勝16敗。一進一退の戦いを続ける横浜には起爆剤が必要だった。
 1カ月半後、ようやく波留は爆発した。7月に入り2番に定着すると、77打数32安打の4割1分6厘をマーク。7月15日の巨人16回戦(横浜)でのサヨナラ安打など、球団タイ記録の10連勝に貢献。34年ぶりにチームは首位で前半戦を折り返した。
 「チームにかけた迷惑、ファンを裏切ったことはまだ償えていない」。その気持ちで戦い続けた背番号2は、10月8日の甲子園で優勝を決めた瞬間、泣かなかった。「いちばん泣き虫なんやけど、泣いたらあかんと思って」と、最高の笑顔で最悪のスタートだったシーズンを締めくくった。

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