日めくりプロ野球 9月

【9月10日】1983年(昭58) バントもバスターも失敗…原辰徳“結果オーライ”の一撃

[ 2009年9月1日 06:00 ]

バントに失敗した原が初めて犠打を成功させたのが84年。以後引退した95年まで7犠打を記録した
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 【巨人10-2ヤクルト】三塁コーチスボックスの巨人・柴田勲外野守備走塁コーチのブロックサインに、打席の背番号8は内心ムッとした。が、すぐに気を取り直して打席に入った。
 巨人の4番原辰徳三塁手にベンチから出た指令は送りバント。5回裏、無死一、二塁。3-2と巨人1点リードの場面。大チャンスのはずなのに、藤田元司監督は主砲にバントを命じた。

 首位を走っているとはいえ、2位広島とのゲーム差は3。3連敗中の巨人は是が非でもこの一戦に勝ちたかった。マウンド上のヤクルト・宮本賢治投手に原は12打席連続ノーヒット。相性を考えた指揮官は4番のプライドより目先の1点を取りに行った。
 「それならセーフティを決めてやる」。原はいつになく意気込んだ。初球の真っ直ぐ、セーフティバントを試みたが三塁線に転がったボールはすぐに切れてファウル。5万の観衆から大きなどよめきが起きた。
 2球目、最初からバントの構えの原だったが、投球と同時にバットを引いて今度はバスターに転じた。これもファウルになると、今度はスタンドから失笑されてしまった。
 簡単に追い込まれ、腕組みをして厳しい表情の藤田監督。が、原にバントを命じた方に無理があったのかもしれない。入団以来過去6回、原が送りバントを成功させたことは1度もなかった。神奈川・東海大相模高の1年生から甲子園のスラッガーとしてならしてきた男の中に送りバントという文字はプロ入りまで全くなかったのだから仕方がない。
 「これで開き直った」と原。フルカウントまで持ち込むと、宮本は決め球シンカーで仕留めにかかった。これで凡打や三振だったら格好がつかない。内角球をコンパクトに叩いた打球は左中間へ。後楽園球場の中段に突き刺さる25号3点本塁打となった。
 まさに“結果オーライ”の一撃。1点どころか3点が入り、一気に試合展開の主導権を握った巨人だが、サインを出した藤田監督の胸中はなんとなく複雑だった。
 そんな指揮官を4番は納得させた。7回、黒田真治投手から左翼へ2打席連続、文句なしの26号2点本塁打を放った。8回にも相手失策で打点をマークし、終わってみればこの試合6打点。チームを大勝に導くと同時に、シーズン82打点となり、広島・山本浩二外野手の81打点を上回りトップに立った。
 屈辱のバントのサインに「そりゃ、ちゃんと打ちたかったよ。でも、(宮本を)打っていないんだから(バントやバスターのサイン)仕方がない。結果オーライになっちゃったけど、勝ててよかった」と原。主砲の2発で連敗脱出の巨人は、この後広島に6ゲーム差をつけて優勝。原は103打点で山本の101打点を上回り、打点王のタイトルを獲得した。
 原の現役時代の打撃3部門のタイトルはこの打点王だけ。あのバント失敗が生んだ3ランがなければ“無冠”の4番打者で終わっていた。まさに“結果オーライ”のホームランだった。

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