日めくりプロ野球 9月

【9月3日】1964年(昭39) 巨漢助っ人同士で取っ組み合い!怖くて誰も止められず

[ 2008年8月31日 06:00 ]

来日以来南海の3度の優勝に貢献したジョー・スタンカ投手。ホークス史上屈指の助っ人投手だった
Photo By スポニチ

 【近鉄6-5南海】1メートル96、96キロの巨漢投手と1メートル90、88キロの大型外野手の視線がぶつかった。日生球場の近鉄-南海29回戦、1回裏。二塁ベースからマウンドに近寄った近鉄のチャールズ・エイブラハム外野手(登録名チャック)に、グラブをたたきつけて応じた南海のジョー・スタンカ投手。チャックの左手の拳がスタンカの顔面を襲い、戦いの“ゴング”が鳴った。
 先制攻撃を仕掛けられたが、うまくかわしたスタンカはよろけたチャックの足に組みつき、これを地面の上に押し倒すとパンチの応酬。チャックも負けていない。態勢を立て直し、今度はスタンカの上に馬乗りになり反撃した。

 あっけにとられたのは近鉄、南海の両ナイン。仲裁することができない。何せ1メートル90以上の大男同士が本気で殴り合っているのだ。1人や2人で中に割って入る勇気は正直言ってなかった。両軍ナインや監督、コーチ、審判団は乱闘現場に近づきはすれど、あと一歩が踏み出せない。数人の選手がかりで2人を引き離すまでになんと約3分もかかった。
 事の始まりはスタンカの投じた「ビンボール」だった。二死一、二塁、カウント2-1からの4球目は内角をえぐるストレートだった。のけぞって地面に倒れたチャック。スタンカいわく「スマン、と右手を挙げて謝った」というが、チャックはそれを否定し右手は「カモーン、チャック!と挑発した」。
 2-2からの6球目わチャックは左中間へ二塁打を放った。カリカリするスタンカに今度はチャックが二塁ベース上から挑発した。何と言ったかは定かではないが、口にするのもはばかられるような言葉を並べたという。取っ組み合いが避けられない状況はこうして作り上げられていった。
 もちろん両者とも退場処分になった。外国人同士の乱闘は球界初で、2人が同時に退場するのは1942年(昭17)6月29日、西宮球場での朝日(系譜をたどると現在の横浜)-巨人7回戦で三塁に滑り込んだ朝日・五味芳夫内野手が、水原茂三塁手の足をすくったとして乱闘になって以来、2リーグ分裂後は初めてのことだった。
 南海、大洋の7年間で通算100勝を記録したスタンカに対し、チャックは元大リーガーで7球団を渡り歩いた末に、別当薫監督自身が視察した上で近鉄に入団した。メジャー通算47本塁打、ワールドシリーズでも本塁打を放つなど、4番候補として期待されたが、79安打15本塁打41打点、打率2割6分3厘で1年でお払い箱に。成績よりもその性格にチャックは問題があったようだ。
 メジャー選手だったというプライドが高く、日本で2年連続首位打者を取ったチームメイトのジャック・ブルーム二塁手には「あいつはマイナー選手」とろくに挨拶もせず、コーチにバッティングのことで注意されると、つかみかからんばかりの形相でにらんだ。
 スタンカも日本では大活躍した投手だが、大リーグ歴はホワイトソックスでわずか2試合の登板でラッキーな1勝を挙げたのみ。ケンカを売ったのも、“格下”にナメられたと感じ、それが許せなかったからだった。1年で帰国したジャックのその後の消息は日本に全く伝わってこなかった。

続きを表示

バックナンバー

もっと見る