日めくりプロ野球 8月

【8月31日】1982年(昭57) “坊や”工藤公康 主砲がプレゼントしてくれた初勝利

[ 2010年8月1日 06:00 ]

 【西武6―3日本ハム】西武のストッパー、森繁和投手が日本ハムを無得点に抑えると、ベンチの端っこに座っていた背番号47の“坊や”の顔がパッと晴れやかになった。ウイニングボールを受け取ると、五分刈りの頭をペコリと下げて感謝。歓声を上げるファンに向かってボールを握った左腕を高々と振ってみせた。
 西武ライオンズ球場での西武―日本ハム後期9回戦。西武のルーキー、19歳の工藤公康投手がプロ入り初勝利をマークした。初登板となった4月10日の阪急1回戦(西武)から22試合目。2番手として3回3分の1を無安打3三振に抑えての白星に「やっぱり初めて勝つとなると途中でビビりました。甲子園の勝ちとはワケが違う」。ノーヒットノーランを含む3勝を挙げ、愛知・名古屋電気工高(現愛工大名電)を4強まで進出させた1年前の快投よりも、プロでマークした初勝利の方に工藤は喜びを感じていた。

 2点ビハインドの5回2死二塁。先発の西本和人投手の後を受け、リリーフに立った工藤。日本ハムの1番、左打者の島田誠中堅手封じがその仕事だった。が、二塁走者の五十嵐信一二塁手のリードが大きいとみると、すかさずけん制。石毛宏典遊撃手も絶妙のタイミングで二塁ベースに入り、これを刺した。
 流れを変えたけん制球だった。西武は5回裏、岡部憲章投手をとらえ、5番テリー・ウィットフィールド左翼手、7番山崎裕之二塁手の適時打で同点にすると、6回には4番指名打者の田淵幸一の2試合連続21号3点本塁打が飛び出し逆転に成功。10月のプレーオフで激突するであろう日本ハム相手に鮮やかな勝利を収めた。
 「本当に坊やがよく投げた。左のワンポイントはもちろん、球種が増えたことで右(打者)にも通用するようになった。秋も使えるメドがたったね」。「坊や」と呼んでかわいがり、ルーキーながら公式戦で対左打者中心に使ってきた広岡達朗監督は、難しいリリーフを度胸のいいマウンドさばきで乗り切った左腕を評価。初優勝に向かって進む西武にとって収穫大の一戦となった。
 工藤の投球の幅を広げたのがシュートだった。甲子園を沸かせたタテに落ちる、いわゆるドロップといわれたカーブもプロの打者にはそれほど脅威でなく、直球とのコンビネーションだけでは限界があった。そこで球宴の休みを利用してシュートのマスターに専念。カーブしかないという先入観の他球団の打者はシュートを織り交ぜられることによってデータとの違いに混乱した。
 シーズンはこの1勝に終わった工藤だったが、10月のプレーオフで工藤は日本ハム相手に登板。10月11日の第2戦では8回無死一塁でリリーフに立ち、クルーズ、ソレイタの助っ人左打者を仕留めるなど完ぺきに抑え、その裏の逆転劇で勝利投手に。2010年で47歳、通算224勝の左腕は1年目からワクワクドキドキの場面で投げられる喜びを味わっていた。

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