日めくりプロ野球 8月

【8月23日】1992年(平4) 長かった1214日 高野光 ノムさんの一喝で完投勝利

[ 2010年8月1日 06:00 ]

 【ヤクルト4―1広島】ちょうど130球目だった。広島の4番西田真二右翼手をこの日6個目の三振で仕留めると、やっと細面の顔から笑みがあふれた。次々と握手を求めてくるヤクルトナイン。誰もが自分のことのように大喜びし、はしゃいだ。勝利の瞬間まで不機嫌そうな表情だった野村克也監督まで笑顔で出迎えてくれた。
 高野光投手、シーズン初の完投勝利。ドラフト1位入団の右腕が完投勝利の1つくらいで大騒ぎすることは普通なかったが、高野が1試合投げ切って白星をつかんだのは、89年4月27日の巨人4回戦(神宮)以来、3年ぶりのこと。日数にして1214日が過ぎていた。

 右ひじ痛でリタイアし、ボールを投げられるようにまで2年かかった。その苦労をチームメイトが知らないはずがない。2安打1失点の気迫あふれる投球をする、背番号34の背中を見続けた野手陣は胸にこみ上げるものすらあった。
 「初登板より緊張しましたよ。めちゃくちゃプレッシャーがあったし…」と高野。プロ9年目の男は完投を狙っていたから震えていたのではなかった。
 その1週間前、8月17日の巨人20回戦(神宮)。先発した高野は5回までに桑田真澄投手を含む5本の本塁打を浴び7失点でKO。0―10という大敗の“戦犯”となった。
 以後チームは広島で2連敗するなど調子が上がらず、2位阪神が3・5差まで迫ってきた。ここまで1勝6敗と相性の悪い広島市民球場で3タテを食らえば、15年も優勝から遠ざかっているスワローズがズルズルと後退するのは明らか。歯止めをかけるべく、野村監督は試合前、宿舎で先発の高野らバッテリーを集めて気合いを入れた。
 「お前ら何を考えて投げとんのや。そんなことで優勝するなんておこがましいわ!」。投手陣全員に向かって飛ばしたゲキだったが、高野は自分のことを言っているのだと感じた。「きょうやられたら、もうチャンスはない。これが最後かもしれない」。悲壮な覚悟で登ったマウンド。プロ初登板となった84年の開幕先発以上に緊張したのも当然だった。
 真っ直ぐで力勝負してやられた巨人戦の教訓と相手の広島・北別府学投手の投球を手本に、高野はスライダーとシュートを多投。内野ゴロ13本を打たせて、決め球のフォークは10球程度に抑えた。ストレートで相手を牛耳る投球をスタイルにしていた高野のイメージチェンジに広島打線は完全に翻弄された。
 シーズン7勝目、通算51勝目を挙げた高野が新境地を開拓したかに見えた久々の完投勝利だったが、以後高野が勝ち星を積み上げることはなかった。翌年、再度ひじを痛め、オフにはダイエーへトレード。1度も1軍で登板機会のないままユニホームを脱いだ。以後、オリックスや海を渡って台湾などで投手コーチを務めた。
 高野光という名前を久しぶりに聞いたのは2000年11月。自宅マンションから飛び降り39歳という若さで自ら命を絶ったという悲しすぎる知らせだった。
 

続きを表示

バックナンバー

もっと見る