日めくりプロ野球 8月

【8月13日】1998年(平10) 逆転Vの切り札 ロン毛左腕サムソン・リー 初勝利は60点

[ 2010年8月1日 06:00 ]

 【中日9―0阪神】投げるたびに茶色に染めたロン毛が揺れた。およそプロ野球選手とは思えない長い髪に「オレは好かんけど、アイツが縁起をかついどるんだから仕方がない。長くても短くても今の時期勝ってくれるピッチャーならなんでもいい」と、ロン毛の親分である中日・星野仙一監督も結果を出した左腕を渋々認めた。

 ナゴヤドームでの阪神22回戦に初先発し、見事初白星をつかんだのは、くだんのロン毛男・韓国からの助っ人サムソン・リー投手。「最初からずっと緊張していた。制球に関しては満足できない。60点の出来だ」。6回を無失点に抑えながらも、辛口の自己評価。一時は大リーグ入りかとまで言われた、韓国の最多勝でありセーブ王でもあった左腕にとって、抑えたことはともかく、自分の意図したところにボールがいかなかったことに歯がゆさを感じていた。
 しかし、本人の評価とは裏腹にその結果は最高だった。初回、いきなり3者三振のスタート。最速145キロのストレートを主体にスライダーも時折ウイニングショットに使い阪神打線を翻弄。たまに真っ直ぐが高めに浮いたが、変化球は低めに決まった。
 5回3分の1までなんとパーフェクト投球。すべてのボールにキレがあり、ホームベースをかすめる瞬間、ボールがホップするような感覚だった。
 こうなるととらえた、と思った打球が芯からはずれ、凡ゴロや凡フライになってしまうケースが続出。6回1死、初安打となった山田勝彦捕手が打った投手強襲の内野安打もスライダーでタイミングを外されたもの。坪井智哉外野手の三ゴロ内野安打も完全に芯をはずれた当たり損ね。初めて訪れた一、三塁のピンチも代打の和田豊二塁手を右飛に仕留め、初の先発は91球でお役御免。9回まで3人の投手を投入してサムソンに初勝利をプレゼントした。
 中日にとって逆転Vへの切り札的存在だった。首位を行く横浜と4ゲーム差のあたりで一進一退の中、確実にローテーションに入ることができる左腕の出現はシーズン終盤に心強かった。4月に契約し、その後中継ぎで起用したが、大リーグ入り騒動でキャンプをまともにやっていなかったため、球が走らず、打ち込まれたため、星野監督はあえて勝負時の夏場に間に合わせるプランを立て、ファームでしっかり調整するよう指令。投手陣がへばりだしたころ投入できればと考えた。
 「これでようやくローテーションが少し楽になる」と手放しで星野監督は喜んだが、サムソンが先発で98年に勝ったのはこの1勝のみ。ほどなく持病の腰痛と血行障害で戦線を離脱。9月の横浜との天王山にその姿はなく、結局中日は横浜の優勝を許すことになった。
 本名は李尚勲(イ・サンフン)。登録名をサムソンにしたのは、韓国時代にその風貌から付けられたニックネーム。旧約聖書の中に出てくる超人的な怪力を持った長髪の人物を連想させることから韓国のスポーツマスコミがそう呼んだことに由来するものだった。長い髪を切らなかったのは「短くしていた時に腰を痛めた。切ったらパワーがなくなる」と信じていたためだった。
 翌99年は中継ぎとして6勝をマークし、中日の11年ぶり優勝に貢献したが、2年契約の最終年ということで、再度メジャー行きを宣言。レッドソックスに入団した。
 しかし、わずか9試合の登板で退団。その後また韓国球界に復帰し活躍したが、こんどはキャンプ地にギターを持ち込み首脳陣ともめ、トレードされた後にシーズン中に引退。そのまま音楽業界に転身し話題となった。

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