日めくりプロ野球 8月

【8月11日】2008年(平20) ライオンズ通算4000勝 伝説のあの復刻ユニホームで決めた

[ 2010年8月1日 06:00 ]

 【西武3―0日本ハム】守護神アレックス・グラマン投手が日本ハム・高橋信二捕手を三振に仕留め試合終了。拍手で出迎える西武・渡辺久信監督の映像がスコアボードに映し出されると、それにかぶせて「4000WINS」の文字が浮かんだ。
 日本ハムに完封リレーで勝ったライオンズは、1950年(昭25)、セパ2リーグ誕生とともに参加した西武の前身西鉄クリッパーズから数えて通算4000勝に到達した。プロ野球史上6球団目だったが、巨人をはじめ5球団は戦前からの老舗球団ばかり。2リーグ制になって創立した球団としては最速だった。

 「すごい歴史を感じる。先輩方が積み上げてきた勝ち星が3999になって、この1勝はライオンズにとって意味のある1勝になった」。4000勝のうち、124勝に勝利投手として名前を刻んだ渡辺監督は、球団史に残る瞬間に監督として立ち会えたことに感慨深げ。くしくもこの日着ていたユニホームは、球団最初の黄金時代、西鉄ライオンズの復刻版。背番号の上にあるおなじみの選手名を示すアルファベットもない数字だけのクラシックなタイプで08年の獅子たちは節目の勝利を勝ち取った。
 往年の本塁打王・中西太内野手をほうふつさせる“おかわりくん”こと中村剛也三塁手がバックスクリーン左に先制の28号2点本塁打を放てば、投げては背番号11の若き右腕岸孝之投手が8回無失点で2年連続2ケタ勝利に王手。5年ぶりの優勝へガッチリ首位を固めた。
 ライオンズの球団初勝利はクリパーズ時代の50年3月16日、名古屋で行われた東急(現日本ハム)1回戦。7回までに20―2と大量リードも終わってみれば、21―14というラグビーのような試合だったが、両軍合わせて35得点は現在でも1試合最多である。
 節目の1000勝目は63年9月4日、平和台での南海20回戦。2度の逆転劇で勝ち、就任2年目の中西監督の下、5年ぶりの逆転優勝への大きな1勝となったが、記録自体で大きく報道されることがなかった時代。記念すべき1勝も全く見向きもされなかった。
 西鉄は72年まで1541勝をマーク。球団史上暗黒の時代だった太平洋クラブの4年間では220勝、クラウンライターの2年間ではちょうど100勝を記録した。しかし6年間で86の負け越しとなり、西鉄時代にあった通算117勝の“貯金”も31に減り、西武になって3年間でわずか貯金1となったが、82年に西武として初優勝を遂げると、あとは貯金が増えるばかり。この4000勝の時点で496を数えた。
 西武は一時、西鉄や太平洋、クラウンの時代を別チームと位置付けて球団史に入れていなかったが、復刻ユニホームなどを機に過去とのつながりをもつようになった。ライオンズを名乗って60年。次の節目である5000勝に向かって、選手は次々と変わっても、その歴史は連綿と続いていく。

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