日めくりプロ野球 8月

【8月10日】2000年(平12) 長嶋監督も笑うしかなかった 巨人真夏の“怪弾”7発

[ 2010年8月1日 06:00 ]

 【横浜12―11巨人】巨人・長嶋茂雄監督も笑うしかなかった。「ハハハッ。お客さんも満足したでしょう。両軍でこんなに本塁打を打ったのは初めてじゃないの?ウチもよく迫ったし、まあ野球ですからこんなこともありますよ、ハイ」。
 東京ドームの巨人―横浜21回戦は両軍合わせて31安打計23得点の大乱戦。まだ98年優勝のマシンガン打線が機能していた横浜と超重量打線の巨人によるノーガードの打ち合いとなったが、巨人は持ち味を出し7本塁打を放ったが、それでも終始試合をリードした4本塁打の横浜に敗れた。

 巨人のホームランショーの口火を切ったのは、本塁打キング・松井秀喜中堅手だった。横浜先発の斎藤隆投手から2死三塁で1点差に迫る29号2点弾を左翼へ運んだ。
 シーズン2本目の“逆方向”へのアーチは気分がいいようで「うまく打てた。きょう向こうは打たなかったんでしょ。エヘヘ」と本塁打王争いをしているヤクルトのロベルト・ペタジーニ一塁手の動向を気にする余裕を見せた。
 松井以外は2発ずつの競演だった。2回、先頭の6番高橋由伸右翼手が右翼へ16号ソロ。8回には2点弾を放った。追撃弾2発も勝利に届かなかったことに「惜しいところまでいったのに…」と悔しさをにじませたが、個人的には3の3で4打点と大暴れ。5月28日の中日戦以来となる2度目の1試合2本塁打に「個人的にはいい状態で打てている。好調な時期が今まで短かったので、このまま持続したい」と打撃戦の敗戦は引きずっていなかった。
 仁志敏久二塁手は97年4月26日の広島戦以来、プロ2度目の2打席連続本塁打。巨人に移籍して初の1試合2本塁打、9回に1点差に迫るアーチを描いた江藤智三塁手と、それぞれ新聞の見出しになりそうなホームランを打ちながらの負け。優勝の可能性がなくなった巨人だったらチーム内は重苦しい空気が漂うところだが、この時点で2位中日とは6ゲーム差。直接対決でも13勝6敗と大きく勝ち越しているだけに、長嶋監督にも選手にも気持ちにゆとりがあった。
 巨人が1試合7本塁打以上を記録したのはこれで6度目だが、負けたのは初めて。プロ野球史上でも過去3度しかない、まさに真夏の“怪弾”だった。
 巨人の1試合最多は8本塁打が2度。84年9月4日の中日戦(ナゴヤ)で河埜和正、山倉和博、吉村禎昭の3選手が2本塁打ずつを放ち、加えて中畑清、原辰徳の両内野手が1本ずつで試合は14―5で大勝した。
 翌85年6月28日の阪神戦(甲子園)も14―1で圧勝したが、この試合も8本塁打が乱舞した。ウォーレン・クロマティ外野手と吉村が各2本、原、中畑に篠塚利夫内野手が1本ずつ打ち、特筆すべきは槙原寛巳投手がプロ初本塁打を放った。槙原の一発は球団5000号の記念すべき1本だった。
 この2年とも王貞治監督が指揮を執っていたが、いずれも優勝は逃していた。2000年は長嶋監督の下、4年ぶりの優勝を果たした。優勝する年は信じられないような試合が10試合はあるというが、そのうちの1試合に数えられる奇妙な負けだった。

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