日めくりプロ野球 8月

【8月9日】1953年(昭28) ウソでしょ…ダブルヘッダー第2試合 試合開始は午後10時11分

[ 2010年8月1日 06:00 ]

 【近鉄5―4東急、東急4―3近鉄】昭和20年代のプロ野球は土、日はもちろん平日でもダブルヘッダーが組まれていた。ナイター設備のない地方球場だと午前11時や正午、遅くとも午後1時には第1試合が始まっていたが、この日後楽園球場での東急(現、日本ハム)―近鉄のダブルヘッダーは午後5時試合開始。これがとんでもない事態への始まりとなった。
 第1試合東急が5回までに4点を奪い楽勝ムードも近鉄は6回に3点、8回に5番杉山光平右翼手の適時打で同点とした。ここからが長かった。

 延長戦に入ると東急は2度のサヨナラ機をつぶし、近鉄も満塁のチャンスに得点できず、試合は気がつけば延長20回に。第2試合もあるのだから、時間制限を設けるか決めたイニングで打ち切るなどの手段もあったはずだが、当時の規定ではルールー上、日没など審判団が難しいと判断した時以外、引き分けは認められず、試合は淡々と進められた。
 延長戦突入から一人で東急のマウンドを守ってきた、ルーキーの布施勝巳投手の疲れがありありとなった20回表、近鉄は8回に同点打を打った杉山がこの試合自身5本目となる安打でついに勝ち越し。黒尾重明投手が無得点に抑えて、近鉄がなんとか白星を得た。
 試合終了は午後9時46分。もう第2試合は行われないものと考えるのが常識的だが、なんと審判団はプレーボールをかけた。試合開始は午後10時11分。試合時間が長くなった現在のプロ野球でさえ、鳴り物による応援が禁止される時間帯に新たに試合を始めるという感覚は現在の視点で見ればかなり不思議であり、異常ともいえる。
 間違いなく、日付をまたいだ試合になる、と誰もが予測したが、第2試合は1試合目とは打って変わってなんと試合時間は1時間38分。午後11時49分に終了し、ギリギリだが1日で2試合が終わった。
 昭和28年8月10日付のスポーツニッポン新聞は第2試合の模様についてこう記している。「試合開始十時十分(原文のまま)といえば普通人なら寝る頃、四時間四十六分の熱戦から休む間もなく戦う両チームは疲労困ぱいでしばしば足もとのふらつく場面もあったが、とにかく試合を完了したのは必死の精神力だろう」「試合が終わるころには観衆も第一試合が始まった当初の十分の一、千五百を数えるにすぎなかった」。
 複雑なサインも投手交代の手間もかからなかったこの時代。当時の1試合の平均試合時間は1時間51分という短さ。10時11分スタートでも頑張れば、翌日になる前に終わると判断してゴーサインが出たのだろうか。今となっては定かではないが、とにかくとんでもないダブルヘッダーであった。
 ちなみに同じ日に水戸では毎日―西鉄のダブルヘッダーが予定されていたが、雷雨のため試合は中断。グラウンド整備に2時間近く費やしたため第2試合は中止となった。単純に試合時間の問題というより、西鉄が11日の阪急戦に備え、この日の夜行列車に乗らなければならないという背景が中止の最大の理由というから、まさに時代を感じさせる。

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