日めくりプロ野球 8月

【8月8日】2004年(平16) 佐々木主浩が…初の屈辱3連発食らって3連続救援失敗

[ 2008年8月1日 06:00 ]

 【ヤクルト3―2横浜】左翼手も中堅手も一歩も動かなかった。バットから快音が聞こえた瞬間、誰もが本塁打であることを確信した。ヤクルト・古田敦也捕手の16号ソロ本塁打は、逆転となる一撃と同時に9回1死から続いた3連続アーチの締めくくり。「正直なところできすぎ。自分でも信じられない」と古田。前日7日に続き横浜戦での試合を決める1発。笑いが止まらなかった。

 マウンドで色を失っていたのは横浜の守護神“大魔神”佐々木主浩投手。プロ野球記録の290セーブポイント達成目前のマウンドが一転して、屈辱の登板へと変わった。「勝負の世界とはいえ、初めてのことだから…。さすがにこたえた」。大リーグを含め、数々の修羅場をくぐってきたリリーフエースの首筋に冷たい汗が流れ落ちた。
 きょうは大丈夫だろう、と思った矢先だった。ヤクルトの2番土橋勝征二塁手が放ったライナー性の打球は横浜スタジアムの左翼席に一直線。初回、先頭の稲葉篤紀右翼手のヒット以降、安打がなかったヤクルトが2点ビハインドの9回1死に久々に飛ばした快打で、雰囲気は「大丈夫」から「きょうもまたもしかしたら」にガラリと変わった。
 カウント2―0と追い込んで決めにいった、ウイニングショット・フォークボールをとらえられた。佐々木にとって“たまたま”とは思えない1球だった。分かっていても打てないはずの伝家の宝刀・フォークが簡単にスタンドに運ばれた。この時点で佐々木の思考回路は混乱していた。
 打たれたからこそ、弱気にならず攻める。横浜・中村武志捕手は3番岩村明憲三塁手にも初球からフォークを要求した。内角のボールになる球で空振りを2つ奪ったが、最後の1球が土橋と同じく甘く入った。すくい上げるようにバットを出すと、高く舞い上がった打球は右翼スタンド中段に突き刺さった。
 そして古田。初球の落ちなかったフォークを打ち損じてファウルにすると、3球目の真ん中ストレートをスタンドまで会心の当たりで運んだ。
 かつて「背番号22が登板した時点で試合は終了したのと同じ」といわれた大魔神。経験したことのない3者連続被本塁打にも動揺したが、これで8月4日の中日戦で1つのアウトも取れずに4連打でサヨナラ負け、シーズン初の黒星を喫して以来、3連続救援失敗となったことがなりよりもショックだった。
 5年ぶりの日本復帰も、横浜を38年ぶりの日本一に導いた時のような球の力はなくなっていた。中日戦で初黒星が付くまで20セーブポイントをマークしていたが、正直なところ薄氷を踏む思いの場面も多々あった。力で抑えているというより、佐々木主浩という名前で抑えているというのが実情だった。
 「1度頭を冷やして考える。頭の中をゼロに戻す」と佐々木。この後、引退騒動やひじの手術を経て、05年に牛島和彦新監督の下で再起を誓った。しかし、開幕早々リリーフの失敗が続き、復活できぬまま引退を決意。ヤクルト戦の3連続被弾から1年の05年8月9日、地元仙台での巨人戦で清原和博一塁手との1打席限定の対戦で三振を奪い、大魔神はマウンドから去った。

続きを表示

バックナンバー

もっと見る