日めくりプロ野球 8月

【8月4日】1990年(平2) 終電20分前!パチョレック、足掛け2日5時間51分にピリオド

[ 2010年8月1日 06:00 ]

 【大洋6―5中日】1死満塁で大洋の5番ジム・パチョレック一塁手の打球が三遊間を抜けた。それを見届けると、スタンドにいた7198人の観衆(横浜スタジアム調べ)の多くが脱兎のごとく、JR根岸線関内駅に向かって走り出した。
 延長15回、5時間51分に及ぶ2日がかりの試合。当時日本最長記録となった試合の終了時刻は、すでに日付が変わって8月5日の午前0時11分を指していた。最寄りの関内駅を出発する横浜、東京方面の最終電車は同31分発。スタジアムから駅までは5分もかからない距離だが、終電という言葉の切迫感が人々の気持ちを焦らせるのか、試合終了と同時に観衆は我先にと駅へと急いだ。ヒーローインタビューまで付き合ったファンはそれこそ血相を変えて駅まで全力疾走した。

 そもそもそんな時間までプロ野球の試合が行われていたことが異常だった。大洋―中日17回戦、約3時間前の右方向への打球がファウルになっていれば、もっと早くゲームは終わっていたに違いなかった。
 大洋3点リードで迎えた8回、2死一、三塁で中日の4番落合博満一塁手が斎藤明雄投手のスライダーに「振り遅れた」(落合)打球は右翼ボール際へ。打球はスライスしてファウルエリアへといつもなら切れる弾道だが、この日に限ってと打球はポールをかすった。わき上がる三塁側からレフトスタンドのドラゴンズファン。主砲の25号3点本塁打で試合は振り出しに戻った。
 延長戦の規定は長いプロ野球の歴史の中でしばしば変わってきたが、この年は時間制限なしの15回制。勝てば中日と並んで2位になる大洋は斎藤の次に遠藤一彦投手、次に中山裕章投手とダブルストッパーを投入。さらにはベテランの新浦寿夫投手までつぎ込、一歩も引かなかった。
 対照的に中日は先発の今中慎二投手を7回で代えると、2番手鹿島忠夫投手が6イニングのロングリリーフ。今中に10安打を浴びせた大洋打線だったが、鹿島の前に7四球を選びながら4安打しかでず、決定的なサヨナラ機を2度も逃していた。
 夏休み真っ只中の土曜日。満員の3万人の観客も回が進むにつれ、徐々に席を後にし始めだした。特に子供連れは神奈川県の青少年育成条例により、保護者がいたとしても午後11時には帰宅していなければならない。「お客さんいるうちにはよ決めや!」勝っていた試合が思わぬ方向に進んだことに、大洋・須藤豊監督はいらだった。
 結局、2本塁打も放っていたパチョレックがこの試合の大洋の全打点をマーク。「負けなくてよかった。みんなイライラしていたからね。僕ももう眠くなってきたよ」と力なく笑った。
 何を聞いても無言のドラゴンズナインだったが、星野仙一監督だけが自虐的に答えた。「パッキーのワンマンショーにお客さんも俺たちも付き合ったわけや。おめでたいよホンマに」。
 勝ってもクタクタ、負けてもグッタリ。球審を務めた平光清審判の目が赤く充血していたのが、プロ野球2度目の足掛け2日試合を象徴していた。

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