日めくりプロ野球 8月

【8月6日】1999年(平11) 33歳最後の日に…佐藤真一、球団新記録達成

[ 2009年8月1日 06:00 ]

球団記録を達成して花束を受け取ったヤクルト・佐藤真一。通算376安打で36本塁打
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 【ヤクルト4-0阪神】3回、1死二塁。糸をひくようなライナーが、阪神・新庄剛志中堅手の前に勢い良く飛んでいった。バットを振ればヒットになる--。それがヤクルトの3番に座る佐藤真一右翼手のこの時の率直な心境だったに違いない。
 6月26日、同じ神宮で同じ阪神相手で、川尻哲郎投手から安打を放って以来、球宴を挟んで25試合連続安打。52年(昭27)の国鉄時代の佐藤孝夫外野手、92年の古田敦也捕手が記録した24試合を更新する球団新記録に到達した。

 過去プロ6年間で放った安打数は57。99年は球団記録達成の安打でシーズン57本目。「欲を言えばもう少しそれてくれれば、(二塁)走者が還ってこられたのに」と、クリーンヒットを残念がった佐藤だが、それも半分冗談。新記録に「プレッシャーかかったけど、早い打席で打ててよかった。日本記録は33試合?狙ってみますか」。気にしていないようでも、やはり球団記録が頭にあったようで、試合後は心からホッとした表情を浮かべた。
 かつてバルセロナ五輪で日本代表の3番打者。27歳の92年にドラフト4位ながら、1位並みの契約金1億円でダイエー入りした男もこのメモリアルデーの翌日に34歳に。そのバッティングより、プロではいつの間にか代走守備固め要員になってしまっていたが、99年は違っていた。
 守備と足の人が打撃開眼したのは2人の恩師がいたからだ。まずはヤクルト・若松勉監督。同じ北海道出身ということで、ダイエーから移籍してきた佐藤を何とかしたいと思っていたが、打撃コーチ時代に佐藤の悪癖を見抜いた。「打つ瞬間にグリップが一旦止まって、下がっている」ため、タイミングがずれて速球についていけない欠点を指摘した。
 克服法として右打者の佐藤に普通とは逆に左手を上に、右手を下にしてバットを窮屈に振らせて、グリップが下がらないようにクセを付けた。1年がかりでこれが直ると、アマ時代の豪快なバッティングが戻った。
 さらに恩師の恩師まで登場した。若松監督を一流の打者に育てた、往年の強打者・中西太元ヤクルトヘッドコーチ。99年のキャンプで佐藤をつかまえて言った。「ずっと控えで野球やるんか。お前ええもの持ってるで」とハッパをかけてマンツーマン指導。ポイントが前でタイミングを外されると脆かった佐藤が、中西氏の「球を十分に呼び込んで腰の回転で飛ばす」というシンプルな理論で、飛距離がアップ。若松と中西の合作で、98年に1割9分で1本塁打だった成績が、99年は7年目で初の100試合以上に出場(113試合)し、3割4分1厘、13本塁打をマーク。6年間合計の2倍超となる115安打を放った。
 いつクビになっても仕方のない成績だった選手が、打撃開眼でその後40歳まで現役を続けることができた。09年はヤクルト1軍打撃コーチ。かつて代走守備固め要員とは思えぬ、第二の野球人生だ。

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