日めくりプロ野球 8月

【8月30日】1980年(昭55) 打たれたのならまだしも…1球リリーフでサヨナラ負け

[ 2008年8月24日 06:00 ]

80年代、巨人の“正妻”としてチームを支えた山倉。長打力もあり、時々派手な一発で試合をきめたことから「意外性の男」とも呼ばれた
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 【ヤクルト6-5巨人】「大矢、バット持たんでいいぞ」。ヤクルト・武上四郎監督から“指示”が飛んだ。7番・大矢明彦捕手がキョトンとしていると、一塁側ベンチの同僚が武上監督に呼応するように笑いながら言った。「どうせワイルドピッチかパスボールだよ」。
 神宮球場、ヤクルト-巨人20回戦、9回裏、二死二、三塁。得点は5-5の同点。“予言”通りならサヨナラゲーム。ヤクルトの対巨人3年連続勝ち越しが決まる。
 半ば冗談だったが、それが本当になった。マウンド上はリリーフに立った巨人の左腕・角三男投手。初球、インコースの真っ直ぐを渾身の力で投げた。内角には来たが「ナチュラル気味にスライドした」という山倉和博捕手。腰を引いてよけた大矢のベルト付近を通過した球は、山倉のキャッチャーミットに当てはしたが捕球できず、ボールはバックネットに向かって転々…。三塁走者の岩下正明外野手が手をたたきながら生還し、ヤクルトはサヨナラ勝ち。9回表まで3点リードの巨人にとっては、まさに悪夢。角は交代してわずか1球でスワローズに白星をプレゼントしてしまった。

 ベンチでは長嶋茂雄監督が力が抜けたようにベンチに座り込んだ。番記者が取り囲むと、動揺を抑えるように言った。「お茶を1杯飲ませてくれないかな」。ヤカンに入った冷たい麦茶を口にすると、ようやく口を開いた。「仕方がないよ。角はかわいそうだったな」。
 その角は表情をこわばらせ「ノーコメント」。杉下茂投手コーチも「見ての通りなにもないよ」。パスボールの山倉は「僕が下手なだけです」とうつむいた。あまりにもお粗末な黒星で巨人は勝率5割をまた切った。
 角が悪いのか、それとも山倉なのか…。最大の“戦犯”は3点リードで完投目前だった6年目の定岡正二投手だった。最終回、二死までこぎつけたが、一、二塁で4番・大杉勝男一塁手に適時打を浴びると、以後3連打で同点にされた。そこから角が火消し役として登板。しかし、流れはすでにヤクルト。消化不能の雰囲気が最後の捕逸を招いた。
 「僕の力不足。みんなに迷惑をかけた」とうなだれた定岡。前回登板の8月22日、ナゴヤでの中日戦もプロ初完封目前で降板。詰めの甘さが伸び悩みの原因だった。
 この年、巨人は貯金1で最終的に3位に入り、Aクラスを確保したが、長嶋監督は3年連続して優勝を逃したことで「男としてのケジメ」をつけるとして監督の座を退いた。
 ヤクルト戦でやり玉に上がった定岡、角、山倉らは次世代の巨人を担う選手として、長嶋監督が前年79年秋の静岡・伊東キャンプでしごきにしごいた選手でもあった。
 伊東キャンプでまいた種が見事に開花したのは、長嶋解任の1年後の81年。定岡は初の2ケタ11勝、角は20セーブをマークし最優秀救援投手に、捕逸した山倉はゴールデングラブ賞を受賞し、ベストナインにも選ばれた。この年巨人はV9を達成した73年以来、8年ぶりに日本一に輝いた。

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