日めくりプロ野球 8月

【8月28日】2001年(平13) 初のサヨナラ被弾月に3発!守護神・豊田、晩夏に号泣

[ 2008年8月24日 06:00 ]

01年8月25日のダイエー戦で松中信彦にサヨナラ弾を浴び、独り落ち込む豊田清(背番号20)。懸命に励ましているのは松井稼頭央内野手
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 【オリックス4-3西武】カウント2-0から勝負に行った。「フォーク。2-0まで行ったから、ボールになってもいいから仕留めに行った。1球の怖さだよ。仕方ない」とつぶやいたのは、西武のベテラン伊東勤捕手。9回裏、二死一、二塁、守護神・豊田清投手が投げた伝家の宝刀フォークボールは落ちが鈍く、真ん中やや低めの絶好球に変わった。ここまで4打数無安打のオリックスの4番、ジョージ・アリアス三塁手もこれは見逃さなかった。

 打った瞬間、それと分かる左翼上段への逆転サヨナラ3点アーチ。両手を挙げてガッツポーズするアリアスがベースを1周する前に、ベンチへ戻った豊田は、すでにうつむきながら号泣していた。
 言葉にならないまま、東尾修監督に頭を下げると、ベンチへ崩れ落ちるように座った。「お前しかいないんだから…」中継ぎ専門の橋本武広投手が励ますが、泣くばかりの豊田。きょうは何を言ってもダメだった。
 ストッパーとはいえ、絶対ではない。やられることもある。しかし、8月だけで3本のサヨナラ本塁打を許したとあっては、話は違ってくる。プロ野球史上初の記録に東尾監督も言葉がない。記者「豊田は抑えのままでですか?」東尾「……」。指揮官は最後まで無言を貫いた。
 悪夢の始まりは8月15日、福岡ドームでのダイエー21回戦。2-2で迎えた延長10回裏、先頭打者のダイエーの3番・井口忠仁二塁手が9回からマウンドに上がっていた、豊田の初球のカーブを右中間スタンドへ運んだ。27セーブポイントを挙げてきた豊田はこれがシーズン初黒星。「まあ、負けてた試合をよく追いついた。豊田?こんな日もあるさ」と東尾監督はサバサバしていたが、その10日後、同じダイエー戦、同じ福岡ドームで2度目の悲劇が起きた。
 9回表、アレックス・カブレラ一塁手の球団新記録となる44号2点本塁打で逆転した西武は、抑えに豊田を起用。一死一塁で5番指名打者の松中信彦内野手は、それまでの西武投手陣の執拗な内角攻めにひるまず、インコースの直球に踏み込み右翼へ逆転サヨナラとなる31号2点本塁打。99年にサヨナラヒットは記録したことのある松中だったが、これがプロ入り初のサヨナラ弾だった。
 無人になったベンチ前で座ったまま立ち上がれない豊田。無言の東尾監督に代わり、杉本正投手コーチが守護神をかばった。「豊田の抑えは変わらない。ここで代えたら豊田は死んでしまう」。“新記録”となったアリアスの一撃を浴びたのは、その3日後だった。
 “豊田ショック”は連鎖した。29日のオリックス24回戦、今度は昨年までのストッパー・森慎二投手が延長11回、指名打者のビティエロ内野手にサヨナラ2点本塁打を食らい、これで球団新記録となる月間5度目のサヨナラ負け。31日、場所を千葉マリンスタジアムに移してのロッテ25回戦では、豊田が3-3の同点の一死一塁から登板。アウトを1つとったものの、2番・サブロー右翼手に中前打を打たれ、またサヨナラ負け。ついに1953年(昭28)に阪急が記録して以来48年ぶりの3戦連続サヨナラ負け、月間6回目の屈辱は56年9月の南海以来のワーストタイという不名誉な記録を残してしまった。
 負の連鎖をストップしたのはエースだった。月が変わった9月1日、松坂大輔投手がロッテ相手に4安打無四球の完封勝利。プロ80試合目の登板で完投時の最少投球107球だった。
 8月に痛い星を落とした西武は3位に終わり、東尾監督は退団。21世紀最初のペナントレースの優勝は、20世紀最後の年に最下位だった近鉄が勝ち取った。
 

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