日めくりプロ野球 8月

【8月29日】1997年(平9) 5連敗を阻止したのは“初球打ち”を心に決めた高卒ルーキー

[ 2008年8月24日 06:00 ]

1年目から“立浪2世”などと呼ばれ期待された森野将彦。落合博満監督になりその才能が開花、レギュラーとして出場するようになった
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 【中日3-1ヤクルト】初球から振った。ヤクルトの2メートル5の巨漢右腕、テリー・ブロス投手のストレートをバックネットへのファウル。打ち損じではあったが、これで気持ちが楽になった。
 2球目。今度は131キロのスライダー、体重を残し間が取れた。そして強振した打球は右翼へグングン伸びた。真中満右翼手がフェンスに体をピタリとくっつけたが、白球はその頭上を越え、ナゴヤドームの右翼席最前列に飛び込んだ。
 北京五輪日本代表選手の中日・森野将彦外野手のこれがプロ入り第1号本塁打。ヤクルト22回戦で「8番・遊撃」でプロ入り初のスタメン出場し、3回の先頭打者、この日最初の打席で放った同点アーチだった。

 「打った球は覚えてません。とにかく思い切り振ることしか頭になくて…」。96年のドラフト2位、神奈川・東海大相模高では通算36本塁打を放った中日・森野将彦内野手もまだ19歳。気の利いたコメントなど言えるはずもないが、これが起爆剤となり、中日は一気に3点。試合はそのまま動かず、ドラゴンズの連敗は4でストップした。
 星野仙一監督は「高校生に火を付けてもらっているようじゃ情けないな」と、一向に上がらないチーム状態に苦笑。反面、チームにいい刺激を与えた新人の活躍に目を細めた。
 試合前、星野仙一監督にあいさつに行った森野は、いきなり真顔で言われた。「最初から行くぞ」。“冗談でしょ”と思いつつも、スタメンが発表されると本当に自分の名前があった。森野は決めた。この日のために取っておいたバットで打席に立つことを。それは2月のキャンプで憧れの大先輩、立浪和義内野手からもらった大事なバットだった。
 もう一つ決めていることがあった。「必ず初球から振る」6月に次いで2度目の昇格だった森野。わずか2日、2試合で2三振でファームへ逆戻りした。「初球から振れなかったことが悔しかった。次は絶対に」。甘い球を仕留められなかったが、初球から振れたことで目標の第1段階はクリア。本塁打の呼び水となった。
 横浜から新幹線に乗って訪れた両親は2軍で頑張る息子の試合を見に来たはずだった。初日は予定通りだったが、午後11時に息子から連絡が入った。「あしたは(2軍戦が行われる)阿久比じゃなくてドームに来て」。初スタメン初本塁打まで飛び出す思いもよらぬ親孝行に感激しっ放しの1日となった。
 その11年後、北京五輪日本代表の一員として名を連ねた森野。メダルを獲れなかった悔しさは、次の国際舞台であるWBCで晴らしてくれるはずと期待したい。

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