日めくりプロ野球 8月

【8月25日】1984年(昭59) ロッテ・重光オーナー、11年ぶり“視察”華々しくサヨナラ

[ 2008年8月23日 06:00 ]

11年ぶりにロッテの公式戦を観戦した重光武雄オーナー(中央)。左は高橋球団代表、右は松尾総務部長
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 【ロッテ9-8西武】試合開始から55分後、時計の針が午後7時15分を過ぎたころだった。退廃的な雰囲気が漂う川崎球場のネット裏に、おしゃれなチェック柄のジャケットを羽織った紳士が2人の共を引き連れて姿を見せた。座っている観客がまばらなオーナーズシートに腰を落とすと、3人のうち真ん中に陣取った男性は微笑をたたえながら、時折鋭い眼光でグラウンドに視線を投げた。
 中央に座ったこの男性こそ、ロッテオリオンズの重光武雄オーナー。実に公式戦視察は1973年(昭48)7月11日、神宮球場での対日拓(現日本ハム)前期12回戦以来、11年ぶりだった。前オーナーの“ラッパ”こと、永田雅一氏と違い、人前にでることを嫌い、現場へ滅多に足を運ばないことで知られる重光オーナーが、なぜ突然球場に?球団関係者は試合どころではなく、騒然とした。

 11年前の観戦は金田正一監督就任1年目、南海との優勝争い真っ只中で、2連勝すれば前期優勝という大一番だったが、84年のこの時点でロッテは2位とはいえ、首位阪急と6・5差。前年の83年、ロッテは50年(昭25)の毎日オリオンズ結成以来、初の最下位に転落しており、それを思えば夏場の2位は立派だった。本業のロッテ本社の業務で日々多忙のオーナーだが、どん底から踏ん張っているナインを単に激励しようと、ほとんど思いつきの“ご出座”であった。
 御前試合は西武と合わせ27安打の打撃戦となった。オーナーが球場のゲートをくぐった時点で3回表を終了していたが、ロッテは先発仁科(にしな)時成投手が乱調で2回に9番・石毛宏典遊撃手、3回に4番指名打者の片平晋作内野手にそれぞれ2点本塁打を浴びるなどして、3-5と劣勢に立っていた。
 「オーナーがスタンドに来とるで」。4回、誰がどこで聞きつけたのか、一塁側ベンチに“情報”が伝わった。歴代の監督、選手会長が毎年のように「球場へ是非お出でください」と要請していたが、一向にその気配もなかったのに、どうして?という疑問はあったが、それが合図だったかのように、打線がエンジン全開となった。5回、4番・落合博満三塁手から有藤道世右翼手、山本功児一塁手が3連続タイムリーを放ち、一気に逆転。ルーキーの渡辺久信投手を勝利投手の権利を得るまだあと1人というところでせKOした。
 盛り上がるロッテファン、活気づくベンチ。それ満足そうに眺めながら、重光オーナーは5回を終了すると席を立った。「選手が頑張って逆転してくれて嬉しい。何とかプレーオフまでいってほしいね」。そんな言葉を取り囲んだ報道陣に残していった。
 オーナー視察にナインは発奮した。西武に逆転されても、再逆転し、9回にはリリーフの西井哲夫投手が同点にされながらも、その裏西武の守護神・森繁和投手を攻略、二死一、二塁から代打の斉藤巧内野手が右越え二塁打を放ち、見事サヨナラ勝ち。奇しくも11年前の日拓戦は8-9で負けたが、2度目の観戦は9-8で白星となった。
 3時間56分の激闘を制した、ロッテ・稲尾和久監督は血気盛ん。「オーナーに逆転劇を見てもらってよかった。いやあ、胃の痛い試合が続くなあ。でもオーナーも期待しておられるし、優勝はあきらめないぜ」と、阪急追撃を宣言。結局は追いつくことが出来なかったが、貯金13で4年ぶりに2位でシーズンを終えた。
 野球に興味のなかった実業家が安倍晋三前首相の祖父で、野球好きだった岸信介元首相に頼まれて永田氏率いるオリオンズを支援したことから始まった重光オーナーと野球とのかかわり。08年現在、オーナー職は事実上次男重光昭夫オーナー代行が務めているが、40年近く球団トップにいるのはこの人だけである。

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