日めくりプロ野球 8月

【8月20日】2003年(平15) 引越し前に勝ててよかった…ハム3年越しの“初勝利”

[ 2008年8月17日 06:00 ]

“歴史的な”札幌ドーム初勝利でお立ち台に立った(左から)正田樹投手、トレイ・ヒルマン監督、坪井智哉外野手
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 【日本ハム3-1近鉄】近鉄の代打・川口憲史(現、楽天・憲史)外野手の一ゴロを、日本ハム・田中幸雄一塁手が軽くさばきベースを踏むと、ファイターズナインの間に安堵の空気が広がった。3位近鉄に勝っても、4位の日本ハムとの差は6ゲーム。大喜びするものでもないが、この1勝は大きな意味があった。
 04年に東京ドームから札幌ドームへの移転が決まっていた日本ハムにとって、これが“新天地”初勝利。01年7月31日、オリックスに1-5で負けて以来、札幌ドームに来るたび黒星を重ね、この近鉄戦まで2引き分けをはさんで8連敗。3年越しの勝利だった。

 球団史に残るほどの勝利に貢献した、7回決勝打の坪井智哉外野手、近鉄を7回まで1失点に抑え、5勝目をマークした、正田樹投手がお立ち台の上に立つ中、割って入ってきたのはトレイ・ヒルマン監督。「東京から来たファンも多く、あいさつがしたかった」と指揮官はさりげなく言いつつ手を振り続けたが、道民にチームと指揮官を少しでも覚えてもらおうとする懸命なパフォーマンスだったことは、想像に難くなかった。
 本拠地移転を間近に控え、ヒルマン監督以下、スタッフが焦っていたは事実だった。この日の観衆は1万6000人と発表。まだ実数が発表されていない時代の数字だけに、実際にはもっと…。関係者は「引越し前に勝てて良かった」と胸をなで下ろす反面、本拠地移転をしてやっていけるのだろうかという不安にかられていた。
 「やる気あんのか?」「北海道の恥になるから来るな」…。巨人ファンが大多数の土地でもあった北海道。道民は移転決定後も大きな関心を示さなかった。移転が正式決定したのが02年7月9日。その直後に日本ハム本社の牛肉偽装事件が発覚したことも、風当たりを強くした。移転決定後、最初の試合となった02年9月1日のオリックス戦は0-2の完封負け。見せ場なしの散発3安打で終わったことに「がっかりした」という観客も少なくなかった。
 引越し前の心配はどこへやら、移転から4年が過ぎた球団は北海道に根付いたといえる。移転初年度に新庄剛志という類まれなキャラクターに引っ張られ、プレーオフに出場したという“幸運”、ドラフトで果敢に攻め、目玉だった宮城・東北高のダルビッシュ有投手を獲得するなど、追い風が吹いたことも確かだったが、06年の優勝は何物にも勝る最大の要因だった。ファンサービスよりもチームが勝つこと、これが受け入れられた1番の理由であることを日本ハムが証明してみせた。
 Aクラスに入れば御の字だったチームは、今や必ず優勝争いに絡むチームへと変わりつつある。移転前、平均1万6000人程度だった主催試合の観客数は、07年札幌ドームで2万7000人弱まで伸びた。やはりプロ野球は勝たなければダメなのである。

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