日めくりプロ野球 8月

【8月15日】1988年(昭63) 友がやられる!元大リーガー、すっ飛んで行って罰金30万円

[ 2008年8月12日 06:00 ]

スイッチヒッターとして1年目から活躍したバナザード。ダイエーでも2年間籍を置いた
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 【南海10-7近鉄】台風11号が紀伊半島に上陸したのと時を同じくして、大阪球場も風雲急を告げた。南海-近鉄17回戦は6回表まで6-1と近鉄がリード。8連勝も間違いなしと思われた試合だったが、わずか30分後に7-5と接戦に。そして7回裏、事件は起こった。
 南海が2番・湯上谷宏遊撃手と3番のトニー・バナザード二塁手の連続適時打で逆転。二死一、二塁で左打席にはジョージ・ライト右翼手が入った。マウンドには強気な近鉄・加藤哲郎投手。逆転され頭に血が上った状態で投げた2球目は、ライトの右頬をかすめた。
 「喧嘩っ早さでは歴代外国人の中で五指に入る」(南海関係者)ライトはヘルメットをたたきつけ、加藤に迫る。加藤も引かない。にらみ合いが始まった、と思った瞬間、突然1人の外国人選手が突進。有無も言わさず、加藤の顔面を殴打した。

 「友達のライトがやられそうなのに黙ってみてるやつがあるか!」と、真っ先にマウンドへ走ったのは、つい数分前に逆転打二塁打を放ったバナザードだった。実はバナザード、ライト以上に“瞬間湯沸かし器”だった。
 当事者でない選手が乱入したことで、1度収まりかけた騒動が再燃。両軍がもみあいになり、試合は3分中断した。殊勲の勝ち越し打でヒーローになるはずだったバナザードは、前田亨球審に退場を宣告され、南海勝利にもかかわらず、ヒーローインタビューのお呼びはかからなかった。
 この事件をパ・リーグはかなり重くみた。バナザードに7日間の出場停止に加え、過去最高額(当時)の罰金30万円を科した。罰金額の上限は前年まで10万円だったが、これが撤廃され、さらにグラウンド上での“悪質”な行為というのが、高額になった理由だった。しかし、実際には暴力行為に及ぶ外国人選手への“みせしめ”的な色合いが濃かった。
 バナザードの武勇伝は続く。謹慎明けから約10日後の9月1日、川崎球場でのロッテ21回戦で、ロッテ・荘勝雄投手の内角球について、すれ違いざまに抗議。するとベンチから出てきた木樽正明投手コーチが手を出したことで殴り合いになり、シーズン2度目の退場に。
 さらに9月23日の西武20回戦(大阪)で牧野伸球審の判定にクレームをつけ、3度目の“宣告”。プロ野球史上初のシーズン3度の退場となった。「判定にクレームをつけすぎる。日本のアンパイアをなめとる」。牧野球審のコメントがバナザードをどう見ていたかの代表的な意見にほかならなかった。「オレは正しいことを言っているだけなのに」というバナザードはいつしか荒くれ者のレッテルが貼られてしまった。
 南海ホークスが球団創設50周年にして、その歴史にピリオドを打った88年、“優勝請負人”として1億円の年俸を用意して連れて来た、プエルトリコ出身の31歳、現役メジャーリーガーだった。9年間にホワイトソックス、インディアンスなど5球団を渡り歩き、1065試合出場し、968安打。86年にはア・リーグのオールスターメンバーに選ばれた。
 “ケチ”で有名な南海が、大枚はたいて獲得した大物助っ人は本職の二塁でも堅実な守備をみせ、内野ならどこでもできる器用な選手でもだった。1年目は3割1分5厘をマークし、打撃成績4位。20本塁打60打点は、やや物足りなかったが、チャンスに強かった。1メートル75、72キロの小柄な身体でメジャーを生きてきた男はいつでも「戦う気持ちを忘れてはならない」ガッツむき出しのプレーが身上だった。
 91年、大リーグに復帰。タイガースで1年プレーした後、あの短気な性格が丸くなり、大リーグ選手会特別補佐の重責を担い、04年からはメッツのGM補佐に転身。日本にいた経験を生かし、日本人選手獲得に情報を張り巡らせている。将来的に、バナザードに世話になる日本人メジャーリーガーも出現する可能性がある。

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