日めくりプロ野球 8月

【8月13日】1994年(平6) サヨナラスクイズ!同じ年に同じ投手から殊勲打

[ 2008年8月9日 06:00 ]

同期の前田以上に期待されて入団した仁平馨。プロ通算では63安打を放った
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 【広島8-7ヤクルト】延長14回裏、一死満塁。カウント1-3。「ストライクしかこない」。広島・三村敏之監督は決断した。出したサインはスクイズ。季節はちょうど夏の甲子園。そんなことは関係なかっただろうが、打席の背番号「00」が決してバントがうまいわけではなかったのに、リスキーなサインを出したのは、それなりの確信があったからだ。打席には5年目の仁平馨外野手。08年の今では考えられないが、8回に金本知憲左翼手の代打で途中出場していた、控えの外野手だった。
 一瞬、体に緊張が走った。しかし、すぐにこう思い直した。「厳しい内角球がきたら、当たってもいいや」。

 ヤクルトの守護神・高津信吾投手の5球目は予想通りストライク。しかもほぼど真ん中だった。スルッとバントの構えに転じると、三塁走者の前田智徳中堅手はもうスタートを切っていた。仁平は高津の前に球の勢いよく転がった。懸命のバックホームをしようとしたが、同級生の最高のスクイズをムダにしまいと、猛然と突っ込んできた前田の足が早く、高津は投げることすらできなかった。
 試合時間4時間53分の熱闘に終止符を打った、サヨナラスクイズ。記録は投手への内野安打だったが、4点ビハインドの試合を取ったシーズン9度目のサヨナラ勝ちに、2軍監督時代から仁平を知っている三村監督も興奮。「ファームのときからバントはあまりうまい子じゃなかったけど、今年の仁平は違う。選手を信頼しいてるからこそ、あんなサインを出せた」と手放してで喜んだ。
 実は高津とは相性が良かった。同年4月14日、同じ広島市民球場での同じヤクルト2回戦。延長12回裏、仁平は高津から三塁内野安打を記録。これがプロ入り5年目にして初安打、しかもサヨナラ勝ちとなる記念すべきヒットとなった。1年に2度サヨナラヒットも難しいが、同じ投手からしかも初安打、初スクイズで決めることは異例中の異例だった。
 翌95年9月5日のヤクルト21回戦で仁平は石井一久投手から本塁打を放った。ヤクルトベンチ、いや野村克也監督はよほど仁平という名前が気になったのだろう。サヨナラのピンチに仁平を敬遠し、緒方孝市外野手との勝負を選択しているほどだ。
 栃木・宇都宮工の俊足巧打の外野手として、89年のドラフトで2位指名。1位は佐々岡真司投手だったが、4位の前田(熊本工)、6位の浅井樹外野手(富山商)と、後にカープの主力となる2選手以上に、その才能を買われての入団だった。しかし、守備固め、代走での起用が多く、この94年にファーム時代の監督だった三村監督に使われるまで、日はなかなか当たらなかった。
 94年は82試合に出場し、2割6分7厘3本塁打17打点。自慢の足もみせ、11盗塁を記録した。初安打から計40安打を記録したが、これがピーク。98年には中日に移籍したが4試合出場のみで、99年に引退。熱心なカープファンの脳裏に焼きついてる選手である。

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