日めくりプロ野球 2012年8月

【8月24日】2010年(平22) 44年ぶり ヤクルト 小川監督代行の下で借金19完済!

[ 2012年8月24日 06:00 ]

 【ヤクルト13―5横浜】安打の数は3本しか変わらないの8点差の爆勝。これで8月は15勝5敗の快進撃。いつのまにか10あった7月下旬での借金がチャラに。それどころか、最大19あった“負債”をついに完済した。

 「相手のミスに乗じて得点できているのは勢いを感じる」。借金返済が完了しても、はしゃぐこともなくいつも通り淡々と答えたのは、ヤクルト・小川淳司監督代行。5月27日の楽天戦から指揮を執り、以後の勝率は6割5分1厘と、他球団の監督より上の成績をマークしても、雰囲気は変わらなかった。

 借金19の完済はプロ野球史上2番目の“多額負債”の返済成功だった。62年(昭37)に南海(現ソフトバンク)が20を返したことはあったが、セ・リーグでは66年(同41)の阪神とならぶ44年ぶりの快挙。ヤクルトとしてはこれまで72年(同47)に記録した15が最高だった。

 ヤクルトを生き返らせ、小川監督の期待に見事応えた選手がいた。10年目の未完の大砲、畠山和洋内野手だった。バッティングは非凡なものがあったが、守備や走塁での緻密さに欠け、1、2軍を行ったり来たり。上に上がっても時折スタメンはあるものの、代打要員という位置付けだった。

 小川監督代行が高田繁監督に代わった時もファーム暮らし。もう若手ともいえない年齢になり、追い込まれつつあった中で、6月に入り1軍からお呼びがかかった。

 小川代行は07年まで2軍監督を務めていたが、その頃から畠山の潜在能力を買っていた。一塁しかできないのでは出場機会が少なくなるのも当たり前と、外野の練習もさせた。過去にも外野は経験済みだが、視力が悪いことからナイターで打球処理に難ありと断念したことがあったが、その類まれな長打力と引き換えに少々のことは目をつむる方針で使っていくことに腹を決めた。

 これを意気に感じない選手はいない。スタメンで使われ、それが、3試合、4試合と増えていき、ついに4番に座った。球団待望の和製大砲の出現とともに、スワローズは快進撃を始めた。

 小川代行の父親は犯罪者を更生させる保護司を務めていた。父はこんなことを言ったことがあった。「犯罪者は出会いの失敗者なんだ」。それ以来、「指導者となった自分が、選手にとって出会いの失敗になってはならない」と心に誓った。

 畠山は小川代行と出会ったことで開花した。この年、自己最多の14本塁打を放つと、代行が正式に監督に就任した翌11年から2年連続してオールスター戦に出場。11年は23本塁打78打点をマークし、プロ11年目にして初めて年間を通して1軍にいた年となった。

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