日めくりプロ野球 2012年7月

【7月28日】1990年(平2) カネやん復帰!28年ぶり外国人バッテリーで逃げ切った

[ 2012年7月28日 06:00 ]

 【ロッテ3―2ダイエー】投手交代からひと呼吸おいて、ロッテの金田正一監督は捕手の交代も告げた。三塁側ベンチから出てきたのは、リリーフ投手の伊良部秀輝投手とともに、巨漢の男がレガースを身に付けて再度グラウンドに飛び出してきた。

 6回2死三塁。一打同点の場面で福沢洋一捕手から一塁を守っていた、マイク・ディアズに代わると、平和台球場は驚きと期待と不安など、いろいろな思いが入り混じった大歓声がこだました。ピンチヒッターならぬ、ピンチキャッチャー起用は、金田監督が前から暖めていたひとつのとっておきのプランだった。

 日本プロ野球で外国人がマスクをかぶったのは、78年(昭53)の広島のヘンリー・ギャレット外野手以来のこと。ギャレットは本職の捕手ではなかったが、ディアズは元々捕手として米球界入り。メジャーで9試合ながらミットを持って守備に就いた経験のあった。

 「的が大きくて投げやすい」リリーフに立った伊良部は、ディアズの構えた姿を見てまずそう思った。ストライクが先行すると、ピンチを切り抜け、8回途中まで無安打投球。受けたディアズも楽しそうだった。「久しぶりだったけど、問題なくできた。なんか野球をやっているなって感覚がある。やっぱり野球選手は打って走って、そして守って投げてこそ価値がある。DHはもう飽きている」と、打者が打った後の一塁ベースカバーにも嬉々として、うれしそうにプレーしていたてのが、とても印象的だった。

 8回2死からは荘勝雄投手が登板。初のリリーフ登板を命じた金田監督だが、これが62年にロッテの前身大毎のリチャード・ディサ投手とニック・テスタ捕手以来、28年ぶりの外国人バッテリーとなった。サインなど打ち合わせは、共通語である日本語で行うなど、変な感じもしたが、伊良部同様、「的が大きい」と荘も絶賛。終わってみれば、ディアズがマカクをかぶった後は伊良部も荘も1本もヒットを打たれなかった。

 この日は金田監督にとって「74年にロッテが優勝したときくらいの気合が入っていた」という試合だった。というのも、6月23日の西武戦でボークの判定をめぐり、審判に暴行し30日間の出場停止処分が解けて、現場に復帰できる日だった。6連敗中でもあっただけに、どうしても勝ちたい試合だった。

 謹慎中に考えていたプランを実行に移した形となった指揮官は、その後もディアズを捕手でしばしば起用。座ったまま一塁に牽制球を投げて刺すなど、まさに“見せてくれる”選手だった。

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