日めくりプロ野球 2012年7月

【7月15日】2011年(平23) “松坂世代”井生崇光 13年目のセ最遅の1号本塁打

[ 2012年7月15日 06:00 ]

【広島6―0中日】「プロに入ったからには正直…。いつかは(本塁打を)という気持ちはあった。でも、長かった」。感慨深げなのも無理はない。プロ13年目にして、初の1軍公式戦本塁打なのだから。おまけに3安打猛打賞もプロ入り初。3打点も記録し、まさにワンマンショーだった。

 中日―広島7回戦(ナゴヤドーム)で広島の井生崇光右翼手は5回、中日・川井雄太投手から左翼席中段に飛び込むソロ本塁打を放った。13年目30歳にしてのプロ初本塁打は、セ・リーグの野手としては史上一番遅い記録。パ・リーグでも83年10月21日の現役最終打席で初本塁打を放った石山一秀捕手(近鉄)に次ぐ、最遅2位タイだった。

 広島にドラフト指名されたのは98年。“平成の怪物”といわれた横浜高・松坂大輔投手と同い年の井生も2位での入団。いわゆる“松坂世代”の一人だった。

 しかし、ルーキーイヤーから大活躍の松坂とは違い、2軍暮らしの日々。初めて1軍に昇格したのはプロ7年目の05年。代走だった。福岡・東筑高時代は俊足巧打の遊撃手として評価は高かったが、故障もあり入団後は外野に転向。プロでの生き残りをかけ、捕手として練習を積み、1軍の試合にも出場した。07年から背番号も「0」になった。奇しくも、投手以外はすべてやったという苦労人、同じ九州出身の木村拓哉内野手が広島時代に付けていた番号を継承した。

 10年まキャリアを積んでも1軍定着はならなかった。毎年オフが近づくと頭の中をよぎるのは「戦力外通告」の5文字。悔いを残さないためにも、ひと振りの重みを感じながら打席に入る日々が続いていた。プロ初本塁打もファーストストライクを叩いたものだった。「いい感触だった。でも1軍で打ったことがないんで、入るかどうか分からなかった。ベース一周したことは覚えているけど、頭の中は真っ白だった」。

 ベテランの域に入った井生がダイヤモンドを一周する姿に「苦労してきて期するものがあったはず」と話した、野村謙二郎監督の目も心なしか潤んでいた。「1度でいいからヒーローインタビューをされている息子の姿を見たい」。両親はそう松田オーナーに話していたという。妻はどんなに小さくても「井生」の名前がある記事はスクラップして、陰ながら夫の活躍を祈った。

 本拠地ではなかったが、ナゴヤドームでの初のヒーローインタビューに「13年間支えてくれた人に感謝したい」と答えた。出場145試合目、279打席目の本塁打は、井生を応援してくれた人々への最高のプレゼントだった。

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