日めくりプロ野球 2012年6月

【6月6日】1973年(昭48) 5年で計14勝が…山内新一 新天地で2カ月で10勝

[ 2012年6月6日 06:00 ]

 【南海3―2太平洋】リードは1点あれば十分だった。9回も3者凡退で抑えると、汗びっしょりの南海(現ソフトバンク)の背番号20は笑顔でプレーイングマネジャーの野村克也捕手とガッチリ握手。「もう10勝か?えらい早いのぉ」と祝福された。

 大阪球場の南海―太平洋(現西武)前期8回戦で123球、5安打8三振2失点で完投勝利を挙げた、南海・山内新一投手は5月15日の対近鉄前期3回戦(日生)から5連勝で、開幕2カ月足らずで早くも10勝の大台に到達。リーグ一番乗りだった。

 「ストレートが走っていたし、行けるという手応えはあった。あのスライダーだけですね」と頭をかいた山内。6回、太平洋の4番ロジャー・レポーズ右翼手に右翼へ打たれた5号2点本塁打の場面を振り返った。しかし、失投はその1球のみ。4回に飛び出した巨人から移籍1年目の相羽欣厚左翼手の3点本塁打による得点を守りきり、勝利を手にした。

 山内も巨人からの移籍1年目。「これでダメなら辞めるしかない」と覚悟して臨んだ6年目のシーズンだった。社会人・三菱重工三原からドラフト2位でジャイアンツのユニホームに袖を通し、3年目の70年にリリーフで8勝をマーク。巨人の6連覇に貢献した。しかし、制球力は決してある方ではなく、四球で試合を壊すこともしばしば。72年はついに1勝もできず、オフに松原明夫投手とともに富田勝内野手との2対1のトレードで南海へ移った。

 野村監督との出会いが野球人生を大きく変えた。野村監督から教わったのは右打者の内角へ投げるシュートの効用。スライダーとのコンビネーションで、力ではなく打たせて取る投球を身につけた。加えてバックスイングを小さくし、フォロースルーを大きくすることで課題のコントロール難を克服。「いくら打たれてもええ。逃げなければチャンスはやる」というノムさんの方針も、巨人で感じていた1度失敗したらファーム行きというプレッシャーから解放され、実力を発揮できた要因だった。

 巨人の5年で挙げたのは14個の白星だったが、開幕から約50日で初の2ケタ勝利となる10勝を記録した山内は「ウソみたい。巨人のときとは違って思い切り投げている。自信を持って投げているというのが自分でも分かる」と、ホークスの新エースの貫禄さえ漂っていた。

 山内の10勝目の完投で首位ロッテと1ゲーム差になった南海。「優勝も見えてきた」と野村監督も前期制覇に希望をもった。6月13日の近鉄前期10回戦(大阪)で、その山内が8回2死まで無安打投球を演じ、1―0で勝つと南海は首位に立ち、そのまま優勝。後期こそ阪急に優勝を譲ったが、初のパ・リーグプレーオフを制し、南海は覇権を握った。

 山内は10勝どころか、一気に20勝に到達。野村監督初のリーグ優勝に大車輪の活躍だった。

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